いま、会えるビンドル(=貧乏ゆすりアイドル)

 魚ドル、歴ドルオタドルなど、アイドルの多様化と叫ばれて久しいこの時代に、新たなるNEWフェイスが出てきて話題を呼んでいる。彼女の名前は、柳瀬ゆれ子。アイドルとしてのデビューは2008年で、当時は全く無名のグラビアアイドルだった。イメージDVDを3本リリースし、シングルCDを1枚リリースしただけで、ゆれ子はあまりの人気のなさに引退しようと考えていた。しかしそんな彼女にある日、その後の人生を変えるような転機が訪れる。
 ゆれ子は自分のすべてを賭けて臨んだ3枚目のDVD『フレッシュホルマリン』が全く売れず、イライラのピークに達していた。そんな中、あるケーブルテレビで視聴率0.01%にも満たないバラエティ番組のアシスタントとして呼ばれ、「こんな仕事、私はしたくないのに…」と不満が爆発しているときに、その事件は起こる。ゆれ子はゲストの大学教授が気持ちよく喋っている最中、カメラに写らない場所で座っていたのだが、あまりに苛立ちを抑えることができなくなり、激しく貧乏ゆすりをしてしまったのだ。
 ゆれ子はもともと小さい頃から貧乏ゆすりの癖がやめられず、母親からは「女の子なのに、みっともない!」と言われてひっぱたかれてきた。しかし、その肉体になじんだ快感は、ゆれ子にとって途方もなく心地いいものだった。ただ、授業中や面接などの時にやると嫌われるのはわかっていたから必死に我慢し、授業が終わるとトイレの中で存分に貧乏ゆすりを楽しんだ。男からも嫌われるのがわかっていたから、デートのときに家の前でバイバイすると、ダッシュで家の中に駆け込み、玄関先で我慢していた貧乏ゆすりをやりまくった。アイドルとしてデビューしてからもその習慣は守り続けた。人前で貧乏ゆすりはしない。やれば必ず嫌われてしまうからだ。
 しかし、ゆれ子はこの時、あまりに今まで抱えていた悶々とした思い溜め込みすぎていたため、自分が貧乏ゆすりをしていることにも気づかなかった。もしかしたら、もう心のどこかで引退を決めていたから気持ちが緩んでいたというのもあるかもしれない。とにかく、この時のゆれ子は正気ではなく、嬉々とした顔で貧乏ゆすりをしまくり、その口からはヨダレがダラダラと垂れていた。
 スタジオはその頃、大騒ぎだった。ゆれ子が本気で貧乏ゆすりをすると、半径15mにある建物は地震のように揺れだす。照明やセットがガタガタと揺れだし、アナウンサーは「地震のようです。机の下に隠れてください。もう一度、繰り返します。机の下に…」と連呼した。しかし、5分経っても10分経っても揺れは止まらず、地震にしては長すぎるのではないかという空気がスタジオに漂い始めた。そしてディレクターがYahoo!の地震情報をチェックしてみたところ、そのような地震の情報はアップされていなかった。そして15分、20分…と揺れが続いたとき、カメラマンがその揺れの原因に気付き、ゆれ子にカメラを向けた。ゆれ子はカメラを向けられていることにも気づかず、トランス状態で貧乏ゆすりをしまくり、その模様は約1分間放送されることになった。マネージャーが慌ててゆれ子の元に走っていき、往復ビンタをしたことでゆれ子は正気に返り、この騒動は終わりを告げた。マネージャーはゆれ子にクビを宣告し、事実上彼女は無職となった…はずだった。
 なんとこの映像をYoutubeにアップした者がおり、この動画は2000万回も再生されることになる。やがて柳瀬ゆれ子の名前を知らない者はいなくなり、某大手芸能事務所がゆれ子が現在無所属だと聞くとすぐにスカウト。「いま、会えるビンドル(=貧乏ゆすりアイドル)」として売り出したのだ。
 ビンドルとなったゆれ子の快進撃はすさまじいものだった。かくし芸大会や、コント番組、ドラマや映画など、あらゆるメディアにおいて飛び道具としてゆれ子の貧乏ゆすりは使われまくった。やがて、科学番組の中でも、「柳瀬ゆれ子の貧乏ゆすりはなぜここまで揺れるのか?」という特集も組まれた。ゆれ子は小さい頃から一度も大きな病気をしたことがなく、「貧乏ゆすりは健康の秘訣」という説の信憑性を高めた。
 ゆれ子は『貧乏ゆすりだよ人生は』『ビンビンビンのビビビンビン♪』『ロックン貧乏ゆすり』『行くぜっ! 貧乏ゆすり少女』などのシングルをリリースし、どれもヒットを記録。ゆれ子はもともとトークがうまかったこともあり、貧乏ゆすりだけの一発屋に終わることもなく、多くのバラエティ番組のレギュラーを獲得した。
 今では、ゆれ子の母親は手の平を返し、『ビンドルを育てた自由な子育て法』などの書籍を書き、自分はゆれ子の貧乏ゆすりを矯正したことはないなどとうそぶいているが、ゆれ子はそんなことはもう気にしない。何よりも、自分が一番好きなことが仕事になったことが嬉しくて仕方ないのだ。ゆれ子は今、激忙なスケジュールの合間をぬって全国を回り、貧乏ゆすりの重要性を説く講演会を開いている。海外からの注目度も高まっているため、ゆれ子の貧乏ゆすりが世界を席巻する日も近いだろう。
 ゆれ子はいつも著書や講演の中で言っている。「人には必ずひとつ、夢中になれる何かがあるはずです。それを伸ばせば必ず道は開けてくる」と。アイドルやタレントに限らず、今の状態で行き詰って悩んでいる人たちは、もう一度自分に何ができるか、何が好きなのかを問いかけ、周囲の意見やプレッシャーに押しつぶされることなく、その道をひたすら究めていってほしい。