2009-10-01から1ヶ月間の記事一覧

指名はまだか

電話をただ待ち続ける。この時間が一番辛いものだ。貞原は今年もドラフト会議に自分が指名されないかどうか待っていた。自分がドラフト会議にかけられたらどうしよう、という夢を見てしまったのは8年前のことだ。その時の夢の内容が当時の自分にとってはあま…

幸福な蚊

田中は蚊を2匹飼っていた。2匹にはそれぞれ、安永と木村という名前をつけていた。その理由は、田中の大学時代の友人であった、安永と木村が3年前に南米2人旅に行って帰ってこなかったことにある。彼らは完全に連絡が途絶えていたため、この世にはもういない…

新興宗教タバコ教

朝起きると、恩藤征四郎はタバコに火をつけた。一口目を吸うと、絶世の美女の幽霊が肺の中を笑顔で通り過ぎたような、えもいわれぬ快感に襲われる。「人間は、タバコとお菓子があれば生きていける」それは征四郎の父親の口癖だったが、今では征四郎の人生の…

21世紀最大のチェスムービー

チェス・クロックが残り時間15秒を告げた。 阿藤はナイトを縦横無尽に動かし、一気にキングを落とそうとした。その手を読んだ長尾が自らの得意の戦略に持ち込もうとする。世界を震撼させた、あの手だ。 「長尾さんは卑怯だ。いつもそうやって自分のやり方で…

月曜日と粉

月曜日は粉でできている。そんな愚言を吐いたのは、近所の写真屋の岡田さんだ。岡田さんは粉に味をつけるため、月曜日になると砂糖やら塩やらきな粉やらを店の表にまき散らした。すると、月曜日が嫌いで仕方なかった中学生やサラリーマンや大学教授などがフ…

フリーザのいる会社

「厚労省から過労メーターが配られたので、みんなで試してみよう」 ある朝、朝礼で社長が社員に話した。テレビのニュースでも最近よく取り上げられている健康器具で、どのくらい社員が疲れているかを測ることで、病気になるのを未然に防ぐ狙いがあるらしい。…

戦争とレモン

さらっと、ふむふむ、あはー、京都、ごま和え、うっかり、ぎょうにんべん、かたつむり、笹の葉、味噌汁。 こんなもんでいいかしら。1人10個までだったよね。近本千佳は自分の好きな言葉を紙に書いて、投票所となっている近所の小学校へと向かった。途中で、…

読書の渡り鳥

小学4年生になる渡田鳥彦は色が白かった。その色は白を通り越して、青紫のようだった。鳥彦の趣味は読書だった。2年前の小学2年の時にYoshiの『Deep Love』の面白さに感銘を受け、それから毎日のように読書に耽った。 だが、鳥彦の読書法には、ひとつ大きな…

神童との退屈な再会

私の憧れだった川崎先輩は、関東哲学大学の哲学部のエースストライカーだった。先輩は高校生の頃から“神童”“超高校級”と騒がれ、斬新な哲学を次々と生み出して、全国大会で強豪校をバッタバッタと倒してきた。そして、各大学からの熱烈なラブコールを蹴って…

スーパースター、帰郷する

同級生でF1ドライバーの田中が地元に帰ってくるというので、町は大騒ぎになった。 「F1ドライバー田中順平くん 故郷の太田原町に帰ってきてくれてありがとう」という垂れ幕が商店街の至る所にかけられている。 田中のクラスの同級生たちは、田中を囲んでの飲…

正義の味方はいつも正しい

「ユウト、待った?」 キララが息を切らせながら駆け寄ってきた。2人は風を切って歩き出す。ユウトは通行人が振り返るのを背中で感じていた。 ユウトとキララは今をときめく佐藤通信社の社内で知り合ったカップルだった。2人は同期で、入社後ユウトは営業課…

俺とおまえの対談集

高円寺にある、多少こじゃれた家庭料理屋で、紺藤篤と室伏貞彦が向かい合っていた。2人はそれぞれ、さんま定食とハンバーグ定食を食べ終わり、いつものスローで堂々巡りなトークをしていた。 「なあ、俺たち、今年でもう30歳だな」篤がまた年齢の話をし、貞…

旅を憎む人 〜トラベルヘイター節子の結婚〜

節子は旅行を好む人間をことごとく憎んでいた。前に付き合っていた昌宏もそれが理由で別れた。 昌宏は一流大学を出て、誰もが名前を知っている大企業に就職した、世間的に見たらこれ以上ない優良物件だった。節子は大企業で働く人間である以上、否応なしに一…

傷だらけの朝霧JAM

「明日から朝霧ジャムに行くんだ」 ノリタが答えた。すると、タダシとカネオの顔色が変わった。 「はあ? 何言ってるんだよ、おまえ。朝霧ジャム? そんな場所聞いたことねえよ。パン屋か? カフェか? ジャム屋さんか?」 タダシが青筋を立てながらまくした…

ハマのおじさんをジャックせよ!

ハマスタのアナウンス室を占拠した腰山は、ウグイス嬢のマイクを奪い、マイクがオンになっていることを確かめてから言った。「緊急放送です。この球場に爆弾を仕掛けました。今から僕の言う通りにしないと、一瞬で爆破させます」 球場内の応援は叫び声に変わ…

憧れの朦朧部員たち

待ちに待った大学1年生の暮らしが始まった。久保田善太郎は、どこのサークルにするか迷っていた。女の子が多い手芸サークルか? 自分の趣味に一番近いアガサ・クリスティ研究会か? それとも少しは身体を動かしたほうがいいから、23区散歩の会か? ひとつに…

バスのフリをしたタクシー

部長と飲むと、いつもこうだ。春日はすすめられるがままにワインとハイボールとホッピーを立て続けに飲み、千鳥足で三鷹行きの終電に乗り込んだ。この時間はもう、国分寺まで行く電車はない。三鷹で一度降りて、タクシーに乗るしかないのだ。春日は毎度毎度…

初恋から始まるストレンジバンドライフ

高3の文化祭の1ヶ月前、俺はある計画を仲間たちに話した。 「おまえのそのアイデアすげえよ」 「やろうぜ!」 「俺も賛成!」 マサト、カズヤ、ゼンジの3人は俺の申し出に乗ってくれ、こうして俺の計画したラブ大作戦が始まった。 文化祭の日、俺たち4人はバ…

怒りのアマチュア

2011年3月、世界初の自慢話プロリーグが日本にて発足した。協会側は、自慢の頭文字をとって「Jリーグ」と名づけたかったが、サッカーのアレとかぶるので、自慢の「自」をとって「自リーグ」と呼ばれることになった。 自リーグ発足までの構想は、約2年。自慢…

大分県を知らない東京の高校生

寒さが私を苦しめる。私は夏を追いかけて生きるのよ。 そう書き置きを残して、山崎高校の3年3組の担任教師カサハダキョウコは消えた。他の教師たちはもちろん戸惑った。職場放棄はクビにしろという過激派と、ストレスが溜まっていたのだから仕方がない、しば…