ゴールデンウィークはバッタと

 うちのクラスには究極のひねくれ者がいる。名前は進藤和樹。進藤の何が変わってるかって、普段は全く学校に来ないくせに、祝祭日は学校に登校するのだ。
 進藤が不登校になった原因はよくわからない。コミュニケーション能力もあるし、友達も多いし、何よりも人から嫌われるような性格ではない。育った家庭環境も至って普通だし、担任の巻田先生も、進藤をどう扱っていいかわからないようだった。
 僕らはまだ義務教育の中学生だから、進藤が退学になるようなことはない。進藤はテストの成績もいいし、普段の平日に学校に来ない以外は、何の問題もない生徒なのだ。
 他の生徒たちは、進藤がなぜ学校に来ないのか知ろうとするのをあきらめかけていた。しかし僕は違った。何が何でも進藤から、その理由を聞かないと中学を卒業することができない。
 僕は何度か、日曜日に学校に行って進藤に会い、その理由を聞こうとした。しかし、朝から一緒にいて、ちょうど盛り上がったくらいに夕方になってしまい2人とも家に帰ることになる。また翌週の日曜日に会ったとしても、もう一度ゼロから盛り上がり直さなくてはならないのだった。そこで僕は、勝負はゴールデンウィークじゃないかと思っていた。ゴールデンウィークだったら何日も連続で一緒に遊ぶことができるし、進藤が僕に対してもっと心を開いてくれるかもしれない。僕は親や友達からの遊びの誘いを全て断って、ゴールデンウィークに賭けた。
 ゴールデンウィーク前半はあっというまに終わった。そして後半がやってきた。3、4、5日と過ぎていき、焦り始めた最終日の6日。ついに進藤がなぜ学校に来ないかを話してくれた。
「あのさ。なんで俺が普段学校に来ないか、聞きたいんだろ?」
「う、うん」
「バッタだよ」
「バッタ?」
 僕は予想もしない答えに戸惑った。進藤が説明するところによると、ここの学校の校庭にはバッタがたくさんいる。しかし、普段は生徒数が多いから、バッタは怖がって出てこない。休日だったら生徒の数も少ないから、進藤はゆっくりバッタと遊ぶことができるというのだ。
 確かに今こうして教室の窓際で、外を見ながら話しているが、進藤の視線は校庭の隅っこの草むらしか見ていない。進藤が自分で言うところによると、親の特訓で鍛えていたから視力がすさまじく良いため、こうして教室からの距離があっても、バッタたちが喜んで跳ね回っているのが見えるのだという。
 道理で、進藤は全くこっちと目を合わせずに、窓の外ばかり見ているわけだ。僕はすっきりしたが、進藤がなぜそこまでバッタに惹かれるのかを質問せずにはいられなかった。
「でも、なんでバッタなんだい?」
「跳ねずにはいられない本能かな」
「跳ねずにはいられない、本能?」
「そう。本能だ。僕ら人間は皆、跳ねようとする本能を失ってしまい、ひとところに留まって小さくまとまろうとする傾向があるだろ。僕は小学校5年生の頃にそれに気づき、人生に絶望しかけた。そんな人ばかりの世界を生きる気になれなかったんだよ。でもね、ある日学校の帰り道で見たバッタが一生懸命跳ねようとしているのを見てハッとしたんだ。僕もバッタのように生きるんだと。それ以来、僕は人に興味が全くなくなり、バッタのことしか考えられなくなった。朝起きると庭に出てバッタを見続け、1日は終わる。校庭には、家の庭よりもたくさんバッタがいるから、みんなが学校に来ない日は思う存分見に行くんだ」
「でもさ、そのまま一生生きていくわけにはいかないだろ」
「それはわかってる。ただ、今はバッタを見ている時期だと思うんだ。この時期がいつまで続くかわからない。きっと僕がまだ臆病なんだろうな。いつか僕もバッタのように、跳ねられると思う日が来たら、もう少し外の世界に飛び出すことができるかもしれない。ただ、今はこういう時期なんだ」
 僕は進藤の言っていることの1割くらいしか理解できなかったが、バッタを見ていると気持ちがスカッとするというのはなんとなくわかる気がする。そのまま僕と進藤は3時間ほどバッタを眺め続けた。僕は視力がいいほうではないが、草むらの中でバッタがピョンピョン跳ねているような雰囲気はなんとなくわかった。
 家に帰り、父親からゴールデンウィークは何をしてたんだと聞かれると、「友達がずっとバッタを見ていることがわかった」と言った。父親はわかってるんだか、わかっていないんだかわからないような表情を浮かべて瓶ビールの栓を開けた。