2010-02-01から1ヶ月間の記事一覧
取引先のデザイン会社に見積もりのメールを送った後、矢島省司は時計を見た。現在5時。あと2時間もすれば帰れるだろう。そしたら、同僚との飲み会が待っている。今日も飲み会、明日も飲み会、明後日も飲み会だ。しかも、先ほど高校時代の友人の権田と渡嘉敷…
先週、わたしが息子の父兄会にTシャツ姿で行ってしまったことについて、チクチクと教師に不満を述べる父兄がいると聞いて、わたしは深く心を痛めた。息子の通う学校はとてもマナーにうるさく、社会で全うに生きる聖人君子を育てるような校風だった。そんな学…
5年と6ヶ月の間、犬のカノンは飼い主の小須田に忠誠を尽くし続けてきた。小須田もカノンの振る舞いに心から満足していた。犬でもここまで自分のためにやってくれる犬はなかなかいない。 しかし、その日は朝からカノンの態度がおかしかった。いつもは自分が…
とある下町で靴職人を営むカザママモルは、1週間前にあるメールを受け取っていた。そのメールは、ある女性からのものだった。「拝啓 靴職人カザママモル様 私は自分の息子に合う靴を探していますが、なかなか見つかりません。 カザマ様ならきっと息子にふさ…
荷物を持っていると笑われる。そんな時代が来るとは夢にも思っていなかった。加藤常太郎は、20年前の25歳の時に、友人の牧田昇と2人で加藤バッグという会社を立ち上げた。加藤バッグは黒とピンクを基調にしたマーブルチョコレート風のデザインと日本式のハイ…
「なあなあ、昨日おまえの家からグドン水嶋が出てきただろ。俺、ちゃんと見たんだぞ。あれ一体どういうことだよ?」クラスで一番権力のある椎名が梶夫に詰め寄った。「おまえの父親、いつも家にいるけどさ、芸能人を家に連れ込むなんて何かやましい仕事でも…
私がちいちゃんの家に行くと、知らない人がたくさんいた。ちいちゃんは顔が広いので、会うたびに知らない人と一緒にいる気がする。決して社交的とはいえない私からすればうらやましいが、ちょっと疲れてしまうところもあった。ちいちゃんは料理を振る舞うこ…
「浩二、行ってらっしゃい!」 「一人前になるまで帰ってくるなよ!」 両親や友達に見送られて、佐伯浩二が家を出たのは2年前のことだった。浩二はその当時働いていた半導体の会社を辞め、以前から夢見ていたボサノバのギタリストになるためにブラジルに渡る…
「見えた! “考えすぎると、人間は憶病になる”。いいセリフだね」 「よかったね」 うれしそうに言う仁助に美久子はVサインを送った。しかし、もうこれは見えていないだろう。 美久子の彼氏・仁助は2年ほど前から目のかすみが目立つようになり、ある日ほとん…
健康党に政権交代してからというもの、あらゆる法律が次々と改正されていった。まず酒とタバコは違法となり、1日8時間以上の残業は禁止された。睡眠時間が7時間を切る場合は申請書を書かなくてはならなくなった。それもこれも全て日本人の体力がなくなり…
国内最大手の爪切りメーカーの「コイケ」は今、倒産の危機を迎えていた。1本数千円する高級爪切りとして長年国民から愛されてきたコイケだったが、ここのところのデフレにより人々が100円ショップでの爪切りを買うことが多くなったことが主な原因だった。 コ…
赤山大学の新入生、尾崎タカオは今、人生の岐路に立たされていた。タカオはどこのサークルに入ろうか迷っていた。先輩たちの言うところによると、サークルで大学生活がどれだけ面白くなるかが決まるらしいので、この問題はじっくりと真剣に考えないといけな…
ふう。今日はこのくらいにして、続きは明日にしよう。佐江子はそう思い、35ページで読んでいた本を閉じた。本の表紙には、『全ウルトラ怪獣完全超百科―決定版』と書いてある。 佐江子は3日3晩、同僚の桃谷敏弘の家に泊まりこみ、こうして敏弘の本棚にある…
「早田隊長! 雑誌です! 雑誌がありました!」 早田の部下である長嶺が、冷蔵庫の後ろから雑誌と見られる欠片をうれしそうにピンセットでつまみあげ、顕微鏡の上に乗せた。長嶺が早く見てくれと急かすような視線を早田に送る。 早田はこの瞬間がもっとも嫌…
ある朝、真田ヤスアキが目を覚ますと、部屋中からショウガの匂いがした。ヤスアキは朝から母親がショウガのスープでも作っているのかと思い、よだれをたらしながら階段を降りていった。すると、母親はスープなど作っておらず、3チャンネルで放送されている…
「あ、牛込さん、来たよ」 社員の誰かがこう言うと、牛込博和の周りにいる人間はみんな誰もが一目散に逃げていった。どうしてもその場から離れられない者は下を向き、牛込が何事もなく通り過ぎることを願った。 牛込はそのようにして避けられていることを知…
うちの猫が食べすぎている。先月の食費は8万円を超えた。私たち夫婦の食費の2倍以上を彼は食べているというわけだ。 猫の名前はロンドという。彼が好きな食べ物は牛肉とアボガド、アイスクリームと納豆だ。買い物しながら、なんてめちゃくちゃな組み合わせな…
「サンクション!」 朝の通学電車の中でその破裂音を聞いた受験生の鈴木平治は「認める、認可」などと頭の中でつぶやいた。sanction。平治の頭は今、英単語が何千個も詰まっている。それこそ、今流行りのアイドルの名前なんか覚える余地がないほどに。 しか…
タクシーに乗ったら、運転手が北島三郎だった。そんな夢を何度も見る。 思い悩んだ畠中ゼンジは母親に相談した。 「ねえ、お母さん。今ちょっといいかな」 しかし、母親は洗濯に夢中のようで、「これ全然汚れが落ちてねー!」とか、「つーか、赤Tと白T一緒に…