焚書サークル VS 腰痛サークル

 赤山大学の新入生、尾崎タカオは今、人生の岐路に立たされていた。タカオはどこのサークルに入ろうか迷っていた。先輩たちの言うところによると、サークルで大学生活がどれだけ面白くなるかが決まるらしいので、この問題はじっくりと真剣に考えないといけない。
 この日は目の前で新入生の争奪戦が行われており、つい先ほどもタカオの目の前を歩いていた女子が化粧サークルに捕獲されるのを見ていた。この大学のサークルはひとつしか入っていけないと決められており、かけもちはできない。そのため上級生たちもサークル存続のために、部員を集めるのに必死だった。
 サークルのブースを歩き回ることに疲れたタカオが岩に腰掛けて小休止していると、腰を押さえた上級生が声をかけてきた。「君、サークル決めた?」
「いえ、まだです」
「もしかして、君、腰痛持ちじゃないか? さっきから君のことマークしてたんだけどさ、歩き方でわかるんだ」
 それは図星だった。タカオは中学2年の時に筋トレのやりすぎで腰を悪くして以来、湿布を貼ることを欠かすことはなかったのだ。タカオはこの上級生に俄然興味が湧いた。
「どうしてわかったんですか?」タカオが聞くと、上級生は笑った。
「伊達に腰痛サークルの部長をやってるわけじゃないよ」
「腰痛サークル?」
「そうだ。腰痛サークルだ。サークル名は『マイスウィートペイン』だ。今の大学生の3割が腰痛持ちだということを君は知ってるか? 僕たちの腰痛サークルでは、そういう同胞たちが駆け込めるシェルターのような場所なんだ。みんな世の中で頑張ることを放棄した若者ばかりだ。僕らは授業をボイコットし、ただひたすら寝転がり、リハビリと称したサボタージュに明け暮れるんだ。だってそうだろ? 腰痛なのに、退屈な大学生活に時間や金を浪費して何かいいことあるのか?」
「ないと思います」タカオはこの上級生の言っていることの意味がよくわかった。そうだ。別にサークルに入って大学生活を無理矢理楽しくしようと思う考えが間違っているんだ。この人たちと、世の中の悪口を言いながらオススメの湿布を貼ったり貼らなかったりするのもいいかもしれない。
 タカオの口は今まさに「僕も腰痛サークルに入ります」と言おうとしていた。しかしその瞬間、タカオは背中から誰かに羽交い絞めにされた。
「ちょっと待った!」背後の男は言った。
「なんだおまえは。焚書サークルの者じゃねえか」腰痛の上級生がタカオの後ろにいる男を見て怒鳴った。
 焚書サークルと呼ばれた男はタカオをつかまえていた手を放し、タカオの額に人差し指を突きつけていった。
「おまえは腰痛サークルよりも、俺たち焚書サークルに向いていると思うぞ。俺は知ってるんだ。おまえが本を読むのが嫌いで嫌いで仕方がないということをな。さっき生協の本屋の横を遠った時に汚いものを見るような顔をしてただろう。そこに浮かんだ苦痛を俺は見逃さなかったんだ」
「どうして、それを?」タカオは驚いた。タカオは確かに極度の本嫌いで、18歳になるまで1冊の本も読んだことがなかった。タカオは本を読むことはおろか、本を読むことが好きな人間も嫌いで、本屋を見るたびにテロリストのような気分になり、暴力が身体を突き抜けるのを感じるのだった。
「確かに、僕は本が憎くて憎くて仕方がないです」タカオはつぶやいた。
「そうだろうよ。俺が所属する焚書サークル『バーニングブックス』に入れば、本は燃やし放題だ。しかも、本はおろか人間嫌いな奴が多いから、腰痛サークルよりもアナーキーな生活が送れるぜ。なあ、一緒に本を燃やしてみないか?」
 タカオの気持ちは揺れ動いていた。腰痛サークルで腰痛に苦しみながら世捨て人のような暮らしをするのもいいし、焚書サークルで本を燃やしまくってやさぐれた気分になるのもいい。僕はどっちにすればいいんだろうか?
「おい! おまえ何を迷っているんだよ」腰痛の上級生が焦った口調で詰問する。「さっき腰痛サークルの話を聞いて目を輝かせてたじゃないかよ」
 タカオは黙った。
「腰痛よりも焚書だろうが、こっち来いよ」焚書が騒ぐ。
「腰痛!」「焚書!」互いの上級生の声が響く中、決断できないタカオは自分がもどかしかった。せめて両方できたらいいのに…。
 そんな時、横からまた新たな上級生が話しかけてきた。「腰痛とか焚書とか、そういうのって古いんじゃないの? これからはパスタよ」
 そう言ってきた上級生は美しい女性だった。タカオの心はこの女性に釘付けになった。そしてタカオの口からはこんな言葉が漏れた。「僕もパスタ大好きです」
 タカオはパスタなんぞ作ったこともなかったし、食べたこともなかった。しかし、この女性の魅力にはとても抗えなかったので、自分の本能に従うことにした。タカオは女性に手を引かれながら、腰痛と焚書が「だせー、パスタかよー」と文句を言いながら去っていくのを聞いていた。