お父さんはギャグメーカー

「なあなあ、昨日おまえの家からグドン水嶋が出てきただろ。俺、ちゃんと見たんだぞ。あれ一体どういうことだよ?」クラスで一番権力のある椎名が梶夫に詰め寄った。「おまえの父親、いつも家にいるけどさ、芸能人を家に連れ込むなんて何かやましい仕事でもしてるんじゃないのか」
 梶夫はどう答えていいか迷っていた。いつかこんな日が来るとは思っていた。しかし、もう言い逃れはできそうになかった。

 グドン水嶋は不条理ギャグを武器にし、2年前に彗星のごとくお笑い界に現れた。「お米で育ちます!」「心が丸三角四角!」などが流行語大賞に選ばれたものの、小島よしおや波田陽区ダンディ坂野のように間違いなく一発屋として姿を消すだろうと思われていた。しかし、そんな周囲の予想を裏切ってグドンは生き残った。2年目のジンクスを切り抜けたら、後の道のりは意外と楽だった。グドンは映画やドラマにも出演し、マルチタレントして活躍する一方で、いまだに新たな不条理ギャグも流行らせていた。お笑いもできて、演技もできる。まさに子供たちがもっとも好きなタイプだ。
 そんな超有名人のグドンと、職業不詳の梶夫の父が何の関係があるのか。それを梶夫は誰にも明かしていなかった。それは父のためにも、グドンのためにも、教えないほうがいいような気がしたのだ。梶夫の父は在宅で仕事をしており、たまに気分転換で外に出てもファミレスに行くぐらいだったので、クラスメートから無職だ無職だとバカにされることもあったが、梶夫は我慢しつつも否定はしなかった。ただ真実がバレることだけは避けたかった。
 しかし、グドンが家に出入りするのを目撃された以上、言い逃れはできない。いつかこんな日が来るだろうとは思っていたが、梶夫は全てを明かすことにした。
 梶夫はみんなを座らせた。「みんな、大事な発表があるんだ。聞いてくれ」いつもは無口でおとなしい梶夫がこんな風な仕切りを見せたから、みんなビックリして着席した。梶夫は思いつめた顔をして言った。
「昨日、僕の家にグドン水嶋が出入りするのを椎名くんが目撃したみたいだけど、あれは事実だ。それはどうしてかというと、グドンのネタは全部うちのお父さんが考えているからだ。お父さんはグドンのギャグを考えることで生活している。いわばトップクラスのギャグメーカーなんだ」
 教室が一瞬静まり、そして椎名が口火を切った。「おいおい、どういうことだよ。ギャグメーカーなんて仕事があるわけないだろ。おまえが言っているのが本当なら、グドンのネタはグドンが考えてないってことか?」
「そうだ」
 すると、教室中がパニックに陥った。騒ぎを聞いて、職員室から浅野純子先生が飛んできたが、生徒からその事実を聞くと、「嘘でしょ…」と言って膝から崩れ落ちた。先生はグドンのサイン会に行くほどのファンだったのだ。
 梶夫はこの光景を予想できただけに、事実は言いたくなかった。子供たちの夢を壊したくなかった。しかし、グドンを目撃されたからには、これ以上隠すことはできない。父のことをあれこれ言われるのももう限界に来ていた。
 梶夫は生徒たちから詰め寄られ、あんなに面白いギャグが考えられるんだったら、どうしてテレビに出ないんだとしきりに訊ねられた。梶夫はどうやって答えていいかわからなかった。あのギャグを言って面白いのはグドンだけだ。みんなどうしてそれがわからないんだ?
 この日の放課後、職員会議が行われたという。グドンのファンだった女の先生はみんな泣いていたそうだ。すると、職員会議で決定したのは、なんと梶夫の父を全校集会に呼んで、ギャグを披露してもらおうというめちゃくちゃなものだった。帰宅した梶夫がそのことを話すと、父は絶句した。しかし、彼自身も息子が父の仕事をあれこれ聞かれていることに日頃から心苦しさを感じており、いつかは全てを明かさないとならないと思っていたようで了承した。

 そして翌日の朝、全校集会が行われ、梶夫の父がマイクの前に立った。
「山瀬梶夫の父です。えっと、こうやって人前に立つのは慣れてないのですが、みんなのリクエストに応えてやらせていただきたいと思います」
 そう説明し、唾を飲み込んだ。生徒たちが唾を飲み込む音も校庭にこだました。
 一瞬の静寂の後、梶夫の父は言った。
「お米で育ちます!」
 そして、もう一発。
「心が丸三角四角!」
 しかし、誰も笑わなかった。全然面白くなかった。ギャグメーカーはあくまでメーカーであり、プレイヤーではないのだ。シーンとした空気をどうしようもできずに校長がフォローする。「やっぱりグドンさん本人がやったほうが面白いようですね。お父さん、ありがとうございました」
 この事件の後、学校では梶夫の父親について話すのはタブーとなった。グドン水嶋が出るテレビは相変わらずみんな見ていたし、ギャグも好きだったが、以前のように純粋には笑えなくなっていた。グドンがギャグを行うたびに、梶夫の父が豪快にすべる痛々しい姿が目に浮かび、誰もが罪悪感を感じてしまうのだ。