群れない男は男じゃない 〜NO 群れる NO LIFE〜

 取引先のデザイン会社に見積もりのメールを送った後、矢島省司は時計を見た。現在5時。あと2時間もすれば帰れるだろう。そしたら、同僚との飲み会が待っている。今日も飲み会、明日も飲み会、明後日も飲み会だ。しかも、先ほど高校時代の友人の権田と渡嘉敷からメールがあり、今晩近所のデニーズ前で会おうとのことだったので、それも了承した。飲み会が終わった後に顔を出せばいい。その後すぐに家に帰れば2時には寝れるだろうから、2人とは2、3時間は喋れることだろう。
 とりあえず毎日の予定が入っていたことで省司の心は満たされる。省司は誰かとつるんだり、群れたりしているだけで幸せだった。仕事もやりがいはなく、給料も上がる気配はない。こんな不安をひとりで抱えるのはごめんだったし、何よりもひとりでいたところで自分には何もやることがない。唯一自分のやりたいことと言えるのが、人と群れることだった。
 そんな省司が、どうしても理解できない男が同じ部署にいた。営業推進課から異動してきた長澤二郎という男だった。長澤は誰ともつるむことを好まず、ひとりで昼ごはんを食べ、休日の予定を聞いても特にありませんといつも答えるのだった。省司は長澤を見て、こいつは何が楽しくて生きているのだろうと疑問に思っていた。省司はいつも長澤を飲みに誘ったり、昨日のテレビの話を振ってみたりと、様々なコミュニケーションをとろうとしていたが、長澤はやんわりと拒否し続けていた。省司はそんな長澤を見ているだけで、気持ちが苛立ってくるのがわかる。長澤のことを考えまいとしていても、どうしても目が行ってしまう。
 省司がトイレに立つと、たまたま長澤も同じタイミングで便意を催したようで、男子トイレの壁を眺めながら隣り合わせになった。省司はいつもの説教を長澤に投げてみる。
「おまえさ、なんでいつも飲み会誘っているのに来ないんだよ。今晩も3課の奴らと一杯飲みに行くからさ、行かないか?」
 またかと言った、うんざりした表情を一瞬浮かべた長澤は、すぐに物腰柔らかな笑顔に戻って言った。
「またいつかお願いしますよ。最近、俺はいろいろ調べ物があって忙しいんですから」
「なんだよ、調べ物って。仕事はちゃんと会社で終わらせておけよ。家に持ち帰るなんて、プロじゃないぞ」省司は長澤の尻を叩く。「すんません」と言って笑う長澤。
 この際にみっちりと説教しなくてはならないと思った省司は、長澤を喫煙室に誘った。
「おまえさ、この後、10分でいいからタバコ部屋に来いよ。少しくらい時間あるんだろ?」
「わかりました。じゃあ、仕事が一段落したら声かけますね」


 省司と長澤は喫煙ルームで一服していた。省司は先ほどの説教の続きを長澤にまくしたてる。他に誰もいないので、ついつい声が大きくなる。
「おまえさ。何が楽しくて生きてるの? もっと群れろよ。群れないと楽しくないだろ」
「別にひとりでも楽しいですよ」
「そんなわけないだろ。嘘も休み休み言えよ。何か俺に言えない秘密でもあるのか? あったら相談に乗るから言ってみろ」
「別にないですよ」
「嘘だ」
「ないですって」
「女関係か?」
「違いますって」
 省司は本当に長澤という男がわからない。昔一度、長澤が入社したばかりの頃、帰社するタイミングを狙って無理矢理ファミレスに連れ込んだことがあったのだが、あまりに2人で話すことがなかったのに耐えられなかったのか、「矢島さん、特に話すことがないなら俺この後用事あるんで帰っていいですか」と言って、帰っていってしまったことがあった。省司は長澤が言う「特に話すことがないなら」という部分をまず理解できなかった。男同士が群れる時に、「特に話すこと」なんて必要なのか? ただ、何もしないでダラダラ時間を潰し合うのが楽しいんじゃないのか?
 今もこうして喫煙室で話しながらも、長澤はチラチラと時計を気にしている。きっと、俺との話が相変わらず弾まないことに苛立っているのだろう。省司は意地でもあと15分は席に戻すものかと気合を入れ直した。
「もう戻ってもいいですか?」
「いやいや、とりあえずもうしばらくこうやって話してようぜ。なーなーなーなー」