猫が食べすぎる

 うちの猫が食べすぎている。先月の食費は8万円を超えた。私たち夫婦の食費の2倍以上を彼は食べているというわけだ。
 猫の名前はロンドという。彼が好きな食べ物は牛肉とアボガド、アイスクリームと納豆だ。買い物しながら、なんてめちゃくちゃな組み合わせなのだろうといつもあきれてしまうが、うれしそうに食べてくれる表情を想像すると、ついつい大量に買い込んでしまう。そう、彼の食べる量は想像を絶するほどなのだ。
 ロンドがこんなに食べる猫だということは夫にはずっと黙っていた。夫は最初、猫を飼うことに反対していたため、うちの家計を食いつぶしているとわかったら、すぐに追い出すのではないかと思ったからだ。しかし、もう隠しているのも限界かもしれない。家計には全く興味がないはずの夫が、昨晩、我が家の貯金を見て、あまりに貯まっていないことを知ってしまい激怒した。その疑いはすぐに私にかけられた。私が夫に内緒でブランド物を買いあさったり、若い男の子とでもデートしていると思われているのだ。
 私は否定したが、口調がしどろもどろだったもので、疑いはますます加速した。夫は一言も口を聞かずに眠ってしまい、朝も朝食も食べずに会社へと出かけた。このまま沈黙を続けていると、2人の間にできた亀裂は修復不可能になってしまう。私は夫が帰ってきたら説明をすることにした。
 そんな心配をよそに、ロンドは今日もお腹をすかせたクジラのようにガツガツと食べている。私がアイスクリームを差し出すと、もっともっとと言ってねだる。さっきはアボガドを4個も食べたというのに。


 夫が帰ってきた。靴を脱ぐ音でまだ怒っているのがわかる。
「昨日のこと、説明してもらおうか」部屋着に着替えると夫はテーブルに座り、私に言った。私は怯えながら、「猫が食べすぎるのよ」と正直に言った。夫は虚をつかれたような顔をして、ロンドを見た。ロンドは私たちに見つめられていることなど気付かずにアイスクリームに顔を突っ込んでいる。
「ロンドが? こんなに痩せてるのに? おまえ、いい加減なこと言ってるんじゃないだろうな」夫は信じていない様子だった。ロンドの腹のあたりをジロジロと見つめている。そう、確かにロンドは太ってはいない。食べるのと比例して、運動が好きな猫だからなのだ。
 そのことを私が説明すると、夫はまだ納得しかねるという表情だったが、「わかったよ」と言った。「それでどうするんだ」
「どうするって何よ? まさか猫を捨てるってこと」
「バカを言うな。俺だってロンドがいてくれることには感謝してるんだ。こいつがたくさん食べるなら、それだけ人間の食費を削らなくてはいけないだろう。俺だって学生時代に貧乏生活してたから、切り詰めるのは得意だ。そんなこともっと早く言ってくれたらいいのに。そしたら昼に外食もしないし、飲みに行くのも減らす。休日のパチンコも控えるよ」
「あ、あなた」私は夫の言うことに感動して、夫に抱きついた。「じゃあ、明日からお弁当にしましょう。私が作るから。安くて美味しいお弁当作るから」
「おいおい、そんなに強く抱きしめるなって」
 夫がこんなに笑っている顔を見るのは久しぶりだった。その横で、ロンドは相変わらずアイスクリームでヒゲをビショビショに濡らしていた。