フリーザのいる会社

厚労省から過労メーターが配られたので、みんなで試してみよう」
 ある朝、朝礼で社長が社員に話した。テレビのニュースでも最近よく取り上げられている健康器具で、どのくらい社員が疲れているかを測ることで、病気になるのを未然に防ぐ狙いがあるらしい。
 最初に壇上に立ったのは、営業の岡崎だった。宴会でも会議でも率先して発言したがるタイプの男だ。「行きまーす」とアムロの真似で笑わせて、脇の下に過労メーターを挟んだ。
「じゃあ、測っている間に詳しく説明しようか」説明書を見ながら、社長が話す。「数値的なことを言うと、だいたい80くらいになったら要注意らしい。岡崎くんは大丈夫かな」
 その瞬間に、岡崎の脇の下から爆発音が聞こえて、岡崎が2mほど空中に舞い上がった。
「な、何が起こったんだ」社長は伏せるような姿勢で言い、秘書の川添京子が岡崎のもとへと走り込んできた。
「岡崎さん。岡崎さん。大丈夫ですか?」
「いててて。大丈夫です。ちょっとすごい音がしたからびっくりしただけで。すいません。過労メーター壊しちゃったかな」
「ちょっと見せてください」川添が岡崎から過労メーターを受け取り、幽霊を見たような顔をした。「これ、針が振り切れてます」
「何? そんなわけないだろ。数字は出てるのか?」社長が川添に詰め寄る。
「出てます」川添の顔は真っ青だ。
「いくつなんだ」
「53万です」
「ご、53万? バカな。何かの間違いだろ。ドラゴンボールフリーザじゃあるまいし。別の過労メーターで測り直してみたまえ」


 しかし、何度やっても岡崎の数字は53万だった。パニックに陥った社長は、他の社員にやらせたが、誰もがみな同じような数字をマークした。秘書の川添はなんと96万だった。
 社長はショックを受け、へたへたと膝をついた。「そ、そんな…。みんなここまで疲れていただなんて、俺は知らなかったよ。もしかしたら、そこまで疲れているということは、もうすでに深刻な病気になっている者がいるかもしれない。明日以降、いつでもいいから人間ドックに行きなさい。会社は来なくてもいいから。ゆっくりと休んでくれ」
「ありがとうございます! 社長!」「さすが俺たちのリーダー!」どこからともなく、社長を絶賛する声が聞こえ、その後も社長コールが鳴り止むことはなかった。社長は申し訳なさと感謝で胸がいっぱいになり、涙が出そうになった。
 秘書の川添も泣いていた。そして、彼女は言った。「ありがとうございます、社長。でも、私たちのことよりも、社長こそ体は大丈夫なんですか?」
 社員の者も賛同した。「そうですよ! 社長が倒れたら、僕たちはどうなるんです?」再び社長コールが起こった。今度は励ましのこもったコールだった。
「みんな…。自分たちのことで大変なはずなのに…。俺の心配までしてくれてすまないな」
「はい。これで測ってみてください」川添が過労メーターを手渡してきた。社長は「そうだな。ありがとう」と言って受け取る。
 社長がどんな数字を出すのか、いつメーターが爆発するのかと思って、社員全員が注視していた。しかし、メーターは爆発しなかった。
「あれ? 壊れてるんですかね」川添が覗き込む。
 社長はそれを制して、こっそりと脇の下からメーターの数値を見た。そこに書いてあった数字は「6」という衝撃の低さだった。あわてた社長は、メーターの先端部分を摩擦するなどしたが、残酷にも数字は1メモリも上がらなかった。