傷だらけの朝霧JAM

「明日から朝霧ジャムに行くんだ」
 ノリタが答えた。すると、タダシとカネオの顔色が変わった。
「はあ? 何言ってるんだよ、おまえ。朝霧ジャム? そんな場所聞いたことねえよ。パン屋か? カフェか? ジャム屋さんか?」
 タダシが青筋を立てながらまくしたて、カネオがそれをフォローする。
「そうだよ。せっかくタダシ君が今晩は泊まって、明日はみんなでモンハンパーティをしようと誘ってくれてるんだぞ。光栄だろ。それより大事な用事って何なんだよ。言ってみろよ」
「だから、朝霧ジャムだって。朝霧JAM。野外フェスだよ」ノリタが、フェスの部分が嫌味に聞こえないように気をつけながら言う。ノリタのクラスでは、フェスどころか、ライブに行ったことがある者がまだいないからだ。確かに小学4年生で野外フェスは、ノリタ自身も早いと思う。
「フェス? なんだそれ」とタダシ。
「ライブだよ。バンドが演奏して、それを大勢の人間が見るんだ」カネオが横からタダシの質問に答える。
「あっそう。格好いいじゃねえか」タダシは少し気を悪くしたようだ。
「でもさ、タダシ君。たぶんノリタ嘘ついてるよ。朝霧ジャムなんてフェス聞いたことないもん」
「本当なんだって」とノリタが弁解する。
「じゃあ、誰が出るか言ってみろよ。え?」カネオはこういう時に本当にねちっこい。
「僕もよくわからないけど、スペシャルなんとかとか、なんとかソンググッドとか、なんとか帝国とか、そういうのが出るってお父さんが言ってた」ノリタは自信なさそうに説明する。
「誰だよ、それ? なんとかばかりじゃないか。GreeeeNとかいきものがかりとか、そういうのは出ないのかよ。ノリタ、実はそんなフェスないんだろ。モンハンパーティに行きたくないからって、適当なこと言ってるんだろ」カネオが言い、ノリタが反論する。
「だから、本当なんだよ。お父さんが行くって勝手に決めちゃったんだよ」
「タダシ君、こいつ拉致っちゃおうよ」
「おう、そうだな」
 抵抗するノリタをタダシとカネオが押さえつけ、ガムテープで手足と口を椅子に縛りつけた。2人はノリタが縛られた椅子を、1階の外にある物置の中に入れて鍵をかけた。
「一丁上がりと。これで、明日はゆっくりモンハンパーティを楽しもうな」タダシの声がドア越しに聞こえてきた。今夜カネオはここ、タダシの家に泊まるつもりなのだろう。今夜から月曜までタダシの両親はいないと聞いている。いくら大声を出しても、誰も助けに来てくれないはずだ。
 ノリタは焦った。今日中に帰らないと父親に怒られてしまう。それはごめんだ。ノリタは必死に手足を動かし、ガムテープを切った。手首と足首から血が流れた。そして、ドアを体当たりでこじ開ける。ドアの鍵は思ったよりも脆く、簡単に開いた。その際にTシャツの肩が破れた。2人の笑い声が2階の窓から聞こえてきたが、なんとか気付かれないように外に脱出することに成功した。


 命からがらと言えば大げさだが、必死な思いで家に帰ると、父親がもう仕度をしていた。
「ハアハアお父さん、僕、頑張って戻ってきたよ」傷だらけの身体を上気させながら、ノリタは言う。
「おお、どこ行ってたんだ。おそいぞ。今すぐ出発するからな」
「もう? だって、フェスは明日でしょ」
「場所取りが大変なんだよ。さあ、後ろに乗れ!」
 父親は、ノリタがどうやって逃げ帰ってきたかには興味も示さず、血だらけの身体にも目もくれず、カーステレオでガンガン音楽を聴きながら運転した。ノリタはあまりの疲れに負けて、眠ってしまった。
 翌日の朝霧ジャムでは、ノリタが知っているバンドは誰もおらず、どのバンドを聞いても全部一緒に聞こえて、全く面白いと思わなかった。こんなことなら、素直にモンハンパーティに参加しておけばよかった。来年は父さんに誘われても、朝霧ジャムには来ないようにしよう。ノリタはそう決意しながら、15杯目となる特撰あさぎり牛乳を飲み干す。