怒りのアマチュア

 2011年3月、世界初の自慢話プロリーグが日本にて発足した。協会側は、自慢の頭文字をとって「Jリーグ」と名づけたかったが、サッカーのアレとかぶるので、自慢の「自」をとって「自リーグ」と呼ばれることになった。
 自リーグ発足までの構想は、約2年。自慢話が好きで好きで仕方がなかった、千葉県木更津市在住の公務員、斉藤栄治(38)がどうしても自分の自慢話を大観衆に聞いてほしくて立ち上げた。自リーグの初代会長であり、選手の第1号だ。まさに日本の自慢話の歴史における創始者であり、神様的存在だった。
 スポンサーとして集まったのは、3社だった。福岡県の明太子を作る会社「ぴりり」と、介護サービスを提供する東京都府中市の「デイケアジャパンまごころ」、アイドルの生写真を違法で取引する住所不定の「シャッターゲリラ」だ。これらの会社には、斉藤の友人と親戚が勤めていることから、縁あってお金を出してくれる運びとなった。
 現在、自リーグのプロメンバーとして登録されているのは全国で12名いた。選抜は斉藤自身が時間をかけて行った。自慢話とは、ある程度の数を耳にしていると、そのパターンがわかってくる。人間が一生に自慢できる話なんて、限られたほどしかない。斉藤は18人ものプロ希望者を面接し、秀逸な自慢話をしてくれた12名を厳選した。
 自リーグは年間を通じて、前期と後期のそれぞれ6節に渡って行われる。その中で順位を決め、前期と後期の勝者でプレーオフを行い、優勝した者が世界チャンピオンと言うわけだ。負けの多かった選手は、J1とJ2のように、「自1」と「自2」として、1軍と2軍に分ける。そうすれば入れ替え戦が盛り上がるに違いない。
 せっかくの記念すべき1年目なので、斉藤は大々的に宣伝をしたがった。しかし、テレビや雑誌ではなかなか取り上げてくれなかった。ただ、スポンサーとなった3社が、責任を持ってクチコミやビラ配りで宣伝してくれたので、準備は万全のはずだった。

 そして初戦が行われる3月25日がやってきた。斉藤は遂にこの日が来たのかと朝から緊張していた。自分自身の手で自リーグを発足させた自慢話を早く誰かにしたかったが、それはまた別の日にとっておこうと思った。はやる気持ちを必死に抑えて、斉藤は電車に乗って、試合が行われる東京ドームへと向かった。
 初戦には3名の選手が登場することになっていた。斉藤を筆頭に、群馬県から来たコンゴ片平(40)と、北海道から来た明石みすず(21)だ。彼らが制限時間20分の自慢話をし、観客の反応を見た審判が勝敗を判断する。至って簡単なルールの競技だ。
 試合開始時刻の夜6時が刻一刻と迫っていた。斉藤は自分の自慢話の内容については自信があった。とっておきの話を持ってきたからだ。ただ、お客さんが入るかどうかが心配だった。近所の神社に何度もお参りに行ったから大丈夫だろうと、自分に言い聞かせて安心させた。
「それでは、試合が始まります。自リーグ、ファーストイヤー。スタート!」
 DJのアナウンスが始まり、いよいよ試合が開始した。トップバッターの斉藤は登場SEの「ロビンソン」(スピッツ)が流れる中、ゆっくりと壇上へと歩いていった。今回の自慢話のテーマは、「東南アジア旅行でのトラブル」だ。斉藤は誰にも負けないようなトラブルをくぐり抜けてきた自信があった。深夜の長距離バスが動かなくなり、近くの民家に泊めてもらった話を自慢した。民家に住んでいた娘の名前はキロリンと言った。キロリンは斉藤のことを気に入り、日本に帰る時に花を集めてきてくれたのだ。斉藤はその状況をまるで昨日のことのように思い出しながら、丁寧に、理路整然と、自慢した。
 20分はあっというまだった。斉藤は観客からの反応を待った。拍手や歓声などは全く聞こえてこなかったが、きっとそれは第1試合ということもあって、観客も緊張しているのだろう。斉藤はそう自分を納得させた。
 続くコンゴ片平は、自分がいかに病弱かを自慢した。3人目の明石みすずは、自分がいかに男性にモテるかを自慢した。どちらの話もなかなかよくできていたが、斉藤は自分が勝ったという確信があった。海外旅行のトラブルに勝る自慢話はこの世には存在しないはずだ。
 しかし、斉藤の思いとは裏腹に勝者はコンゴ片平だった。コンゴの自虐的な語りが、聞く者の笑いを誘ったと審判は判断した。斉藤は納得いかなかったが、まだ前期はあと5節もある。もう少し笑いのエッセンスを加えれば、きっと自分は勝ち抜ける。
 ただ、それよりも自リーグ発足者としては、観客の入りが気になった。いったい何万人入ったんだ。チケットは売り切れたのか? 斉藤は急いで、ドーム内に設置された事務局ブースへと向かった。
「お疲れさま。今日観客は何万人入ったんだい?」
 アルバイトの清美ちゃんは、「正」の字を数えながら言った。「6人です」
「ろ、6人?」斉藤はその場にしゃがみこんだ。東京ドームに6人…。1人3000円のチケットだから、18000円。会場の使用料は、その約1万倍だ。どう見ても大赤字だ。この分だと、清美ちゃんへの日当を支払うこともできない。
「清美ちゃん、なんで6人しか入らなかったのかなあ」斉藤はプライドをかなぐり捨てて、清美ちゃんに聞いた。
「私はよくわからないですけど、人の自慢話をお金出して聞きたい人なんて誰もいないんじゃないですか」清美ちゃんはこれ以上ない、まっとうな意見を述べた。
「そうなのかな」斉藤は反論した。「だって、有名人の講演会なんて、あんなのみんな自慢話じゃないか。僕が自慢して何が悪いんだ」
「だって、斉藤さんは別に有名人でも何でもないし…。それに」
「それに?」
「自慢話の内容も全然面白くありませんでした。あっ、ごめんなさい」清美ちゃんは、自分が言いすぎたと思ったのか、急いで帰り支度をまとめて、その場を走り去った。
 斉藤は自分が有名でないということに関しては、何も気にしていなかった。これからプロで有名になっていけばいいことだ。ただ、自慢話の内容については再考の余地があったかもしれない。明日の試合に向けて、もっと自分の過去に自慢できる話がないものかじっくり考えようと、改めて気合いを入れなおした。