ネガティブ王VSポジティブ王

 私の名前は権藤悟。別名「ネガティブ王サトル」と呼ばれている。名前の由来はそのままだ。私は基本的にネガティブなことしか言わない。ネガティブこそが真実であり、ポジティブは嘘だ。ポジティブは人に余計な期待を持たせて傷付けるだけだ。
 クラスの人間は私とは口も聞きたがらない。当たり前だ。彼らの17歳という夢に溢れた輝ける日々を、私と話すことで暗黒な日々にしたくないだろうからな。
 最近では、教師ですら、私に何も言わなくなった。私は髪の毛を小学生の頃から切っていないため、足首まで伸びている。しかも、前髪は分け目すらないため、人々は私がどういう顔をしているか知らない。この髪型を冷やかして、「暗黒のカーテン」と呼ばれていることも知っている。まさに私にふさわしい名前じゃないか。なんて光栄なことなんだろうと思う。
 そんな私にも1人だけ天敵がいる。クラスの翔野明彦だ。私がネガティブ王なら、こいつはポジティブ王だ。何事にも笑顔を見せ、はきはきとした口調で相手が喜ぶようなことばかり言う。友達も多い。こいつを見ていると、私は腹が立って仕方ない。世界はもっと暗くて、絶望に満ちているものなのに。
 しかし、私のこの明彦に対する嫌悪とは裏腹に、明彦はとにかく私に構うのだ。今日は土曜日。私は遮光カーテンを閉めた家の中で、ゆっくりと黒魔術の研究でもしようかと思っていたら、明彦から先ほど電話があって、家に来ると言うではないか。
 明彦は毎朝、私を一緒に学校に行こうと誘いに来る。私は明彦なんかと行きたくないが、奴が家の前からどこうとしないため、結局一緒に行くことになってしまう。そうでないと、遅刻してしまうからだ。平日もいつも一緒にいるのに、土日も会っていたら、恋人みたいではないか。

 ドンドンドン。
 そろそろ明彦が来る頃だろうかと思いながら、私が黒魔術の本を読んでいると、部屋のドアがノックされた。母親だろうか? 母親には決して部屋には入るなと言ってあるはずだし、土曜日はフラダンスのお稽古で朝から出かけているはずだ。
「誰だ」
 そう聞くと、ドアが開き、明彦が姿を現した。「おっす」
「なんだおまえ。勝手に入ってくるなよ」
「さっき下でピンポンベル押したら誰も出てこなかったからさ。あがってきちゃったよ」
 明彦は全く悪びれる様子もなく、相変わらずの笑顔で言う。
「おまえ、不法侵入で訴えてやるぞ」
「また、すごい部屋だなあ」明彦は私の言うことなどに耳も貸さずに、部屋を見渡した。
「ああ。先週の土日にな、真っ黒に塗りたくったんだ。まだ少しシンナー臭いがな。この匂いが私をトリップさせてくれるよ」私は自慢の暗黒部屋について説明した。
「お、これ何?」明彦は私の机の上にある、水槽を指差した。
「モロクトカゲだよ。イギリスでは“トゲだらけの悪魔”と言われているんだ。私にぴったりではないか。どうだ怖いだろう? フハハハ」
ポケモンみたいでカッコいいよな」
ポケモンとか言うなよ。あんな子供じみたアニメと一緒にするな。これは悪魔の使いなんだぞ」
 私は明彦のこういうところが心底苦手だった。クラスの人間や先生たちは、私のことを怖がって話しかけてもこないのに、この男は全然怖がる様子がない。
「サトルって本当に面白い奴だよな」
「面白い? 失礼なことを言うな。私のどこが面白いんだ」
「どこの誰よりも面白いよ。うわっ、これはさすがにビビるな」
 明彦は世界中の事故現場が載っている写真集のページをめくっていた。
「その写真集は私のお気に入りだ。もっともっと怖いのがあるけど、見るか?」
「もういいや」明彦はあっさりと興味がなさそうに写真集を本棚に戻した。「それよりさ。外行こうぜ。こんな部屋にいると息が詰まるだろ」
「何を言うか。この部屋ほど居心地のいいものはない。私は悪魔の棲家を再現しておるのだ」
「はいはい、わかったわかった。それよりさ、駅前にモスバーガーができたらしいから、行こうぜ」
「は? 何を言うか。モスバーガーだなんて、私はそんな俗っぽいものは食べないぞ」
「じゃあ、いつも何食ってるんだよ」
「…煮物とか、ひじきとかだな」
「十分普通じゃねえか。おら、もたもたしてないで早く!」
「わかった。ちょっと待て。靴下だけ履き替えていくからさ」
「いいってば。裸足でサンダルでも何でもいいから、行くぞ!」
 明彦は無理矢理私の手をつかんで、部屋の外へと連れ出す。そのまま渋々と階段を降りて行ったが、ハンカチを忘れたことに気がついた。
「あ、ちょっと待って。ハンカチ忘れた。とってくるから。ごめんね」
「全く、本当にグズな奴だなあ。じゃあ、外で待ってるからな」
「うん。すぐ行くから。ちょっと待っててね」
 私はこの男が本当に苦手だ。いつか黒魔術で呪ってやる。