マキマイケルの悲劇

 2009年6月25日、遂に国会に「生まれ変わり願望命名反対法案」が提出された。この国会中継の模様はテレビで大々的に生中継され、真木新太郎は目を血走らせながら、食い入るように画面を見つめていた。
 法案を提出した政治家のタカハシは証人として3人の人物を召還した。タカハシがそれぞれの人物に質問を投げかける。
「お名前をお願いします」
「田畑レノンです」
「生年月日を教えてください」
「1980年12月8日です」
「あなたの両親は、どなたの生まれ変わりとなることを望みましたか」
ビートルズジョン・レノンです」
「あなたの職業を教えてください」
豆腐屋です」
ジョン・レノンさんはミュージシャンですよね」
「はい」
「あなたは?」
豆腐屋です」
「しかも、レノンはファミリーネームですよね」
「だと思います」
「わかりました。では、次の方、お名前をお願いします」
「御手洗ジャニスです」
「あなたの両親は、どなたの生まれ変わりとなることを望みましたか」
ジャニス・ジョプリンとか言う人だと思います」
「あなたの職業を教えてください」
「主婦です」
ジャニス・ジョプリンさんはミュージシャンですよね」
「だと思いますが」
「あなたが主婦になる前の職業は?」
「バスガイドです」
「わかりました。では、次の方、お名前をお願いします」
「立石チャップリンです」
「生年月日を教えてください」
「1977年12月25日です」
「あなたの両親は、どなたの生まれ変わりとなることを望みましたか」
チャールズ・チャップリンです」
「コメディアンですよね。しかも、チャップリンはまたファミリーネームだ。あなたの職業は何ですか」
阪神タイガースの守備走塁コーチです」
「わかりました」3人への質問が終わると、タカハシは熱く語り始めた。「どうですか! みなさん。こうして、有名人の命日に生まれてしまったことを理由に、この子は有名人たちの生まれ変わりではないかという両親の勝手な願いのもと、同じ名前をつけられています。しかも、そのほとんどが両親の思惑とは外れてしまうような職業についている。これは悲劇以外の何物でもありません。そこで私は、生まれ変わり願望を含んだ名前をつけることを全面禁止したい!」
 タカハシの法案を推す政治家たちからは歓声があがり、異議を唱える政治家からはブーイングがあがった。
 そして、タカハシの法案に反対、つまりは生まれ変わり願望命名に賛成するコジマという政治家が自分たちの主張を述べた。
「親が子供に夢を託すのは当たり前じゃないですか。有名人と同じ名前をつけるなんて、大昔からありましたよ。それをハナから悲劇として、禁止するのはおかしい。それぞれに自由な命名権が与えられるべきだ」
 コジマの意見を聞き、真木もその通りだと思い、机を両手の拳で叩いた。ただ、コジマの主張は小声で勢いがなく、タカハシに比べて歓声は少ないようにも感じた。
 議長が「それでは、決をとらせていただきます」と言い、政治家たちが票を入れる。それを事務員らしき人物が回収する。票が数えられている間、真木はテレビを観ながら身支度を整えていた。

 そして10分ほど経った後、結果が発表された。結論から言うと、タカハシの熱弁もむなしく、「生まれ変わり願望命名反対法案」は否決された。これまでと変わらず、生まれ変わり願望を込めて命名していいことになったのだ。
 真木はヒャッホーと雄叫びをあげ、急いで家を出た。自転車に乗って、全速力で産婦人科へと向かう。産婦人科に着くと、お産を終えた妻がベッドで休んでいた。
「あら、あなた」
「名前、決めたぞ。マイケルだ!」
「マイケルって。あのマイケル? 今朝ニュースでやってたマイケル・ジャクソン?」
「そうだよ。僕らの子供は、きっとマイケルの生まれ変わりに違いない」
「でも、法案は? 反対法案はどうしたの?」
「心配するな。法案は否決された。だから、自由に名前をつけることができるんだ」
「真木マイケルか。マキマイケル。ちょっと珍しい響きだけど、いいかもね」
「そうだよ、マキマイケルだ。マキマイコーだ。歩けるようになったら、僕はすぐにムーンウォークを教えるぞ。そして、学校には行かせずに、ダンススクールとボイストレーニングでレッスン漬けの毎日にするんだ。どうだ? このプラン。最高だろ」
「あなた、最高よ。失神しそうなくらい興奮してきたわ。私たちの息子がキング・オブ・ポップになるのね。私もパパラッチに追われるようになるかしら!」
「おいおい。おまえだけじゃないだろ。俺もパパラッチに追われちゃうよ。もしかしたら、こうしている今も病院の外に待機しているかもしれないぞ」
「そうよ、あなた。窓の外を見てちょうだい! ああ、私、化粧してないわ。急に写真を撮られたらどうしましょう!」

 ナースの葛西好美は部屋の外で、そんな真木夫婦のやりとりを聞いて震えあがっていた。この夫婦に生まれた子はどうなるんだろう。いや、よその子の心配をしても仕方がないだろ、好美。よくある光景じゃないか。何度も見てるだろ。そう自分に言い聞かせながら、話を聞いていないふりをしてドアをノックした。「真木さーん、検診の時間ですよー」