父と娘のクイズ合戦

 あれは9月になって間もない日のことだった。夏休みが終わり、始まった新学期にうんざりしていた夜に、父親が食卓で、妙な提案をした。
「なあ、和子。おまえ、シルバーウィークにどこか行きたいか」
「行きたい」休日にこんな街に留まるのはごめんだった。しかも、学校でどんな休日を過ごしたかと聞かれた時に、何もしていなかったと答えるのはとても恥ずかしい。ただでさえ片親なのだから、肩身の狭い思いはしたくない。
「わかった。俺もたまには家族サービスをしないとな。ただ、ひとつだけ条件がある。俺が今から言う人物のことを徹底的に調べろ。藤川球児だ」
「誰それ? 戦国時代の有名な武将とか?」
阪神タイガースというチームに所属する野球選手だ」
「私がその藤川という人物のことを調べればいいのね」
「そうだ。そして、俺が言うクイズに全問正解したら、家族サービスに連れていってやる」
 2人暮らしの父親は、いつもこんな無茶な提案をしてくる。そんな父親が、私は嫌いじゃない。


 それ以来、野球のことなど何も詳しくないのにもかかわらず、藤川球児について勉強した。記憶力には自信がある。父親の鼻を明かしてやりたかった。
 これ以上覚えるものは何もない。そんなレベルまで達した時に、父親に言った。「もう何を出されても答えることができるわ」
 父親は不敵な笑みを浮かべた。「クイズの日時は、15日の6時。照葉大吊橋の上に来い」
「なぜ橋の上なの」
「こないだ深夜にやっていた映画のワンシーンで、橋の上で決闘する映画があったんだ。あれを観て、いつか娘とこんな場所で闘ってみたいと思った」
「相変わらずバカなことを言うのね」


 そして運命の日がやってきた。6時きっかりに照葉大吊橋の上に行くと、父親はすでにそこにいた。
「準備はいいか」
「うん」
「じゃあ、行くぞ。藤川球児の生年月日は」
「私をなめないでちょうだい。1980年7月21日」
「お、やるな。じゃあ、小学生の頃に所属した少年野球チームの名前は」
「小高坂ホワイトウルフ」
「2006年にグラブに刺繍した言葉は」
「細心而剛胆」
「さすが私の娘だ。じゃあ最後の質問だ。藤川球児という人物を一言で表してみろ」
「卑怯ね。それ、クイズじゃないじゃない」
「調べていればわかるはずだ。おまえの言葉で答えろ」
「繊細にして大胆。その豪球は岩をも砕く」
「悪くない。なかなかいい答えだ。合格だ。シルバーウィーク、どこでも連れていってやろう。どこがいい」
「シーガイアに行きたいわ」
「わかった」
「ちょっと待って」ひとつだけ提案しないと気がすまなかった。「これは不公平よ。私は野球に詳しくなかったのに、藤川球児のことを勉強した。今度はお父さんが、自分の詳しくないことを勉強する番じゃない。私はそれじゃないと、シーガイアには行かないわ。私が行かなかったら、お父さんだって退屈するでしょ」
 父親は少し考えて言った。「わかった。何について勉強すればいい」
岡田将生よ」
「誰だ、それ。格闘家か何かか」
「『オトメン』に出ている俳優よ」
「わかった。受けて立とうじゃないか」
 父親は3日間、岡田将生について勉強をし、その翌日にクイズを出したら完璧な答えが返ってきた。私は満足した。
 今は2人で無事にシーガイアで、快適なシルバーウィークの初日を過ごしている。何度も言うが、こんな父親が、私は嫌いではない。