ブログ中毒者、会社を救うの巻 -blogholic save your company-

「あはははは。それ、ありえねーっすから。ぱねーっすから」
 安田の笑い声が、部署内にこだまする。安田は先月、営業部から開発部に異動してきたばかりの20代前半の若者だ。
「どうした、安田。何かおかしいことでもあったか」部長の松浦が自分の机で仕事をしながら、安田に聞く。
「いや、芸能人のブログ見てたんすけど、笑えるんすよ。芸能人ってホント面白いこと考えてますね。ウケるわー」
 安田が答えると、周囲の机からため息が漏れた。
「またブログか。ブログ、ブログって。ちゃんと仕事しろよ」
 松浦がうんざりした顔で注意しても、安田は返事もしない。
 安田の向かいに座る武藤美樹は、隣の席の江口佐和子に小声で話しかけた。
「ねえ、安田さんって仕事してるの見たことないんですけど。なんでクビにならないんでしょうね?」
「わかんないよ」江口はその話題に触れるのもうんざりと言った表情だ。
「今日も朝礼の時に、自分の顔の写メ撮って、自分のブログにアップしてましたよ。『今日のオレー。更新、更新と』って独り言言ってて、マジ怖かったんですから」
「コネ入社なんじゃない?」
「それ、みんな言ってますー。でもね、誰かが調べたら、全然そんな気配はないんですって。それよりも、今夜、安田さんを飲みに誘ってみません?」
「え? あんた趣味悪いよ」
「そんなんじゃないですよ。江口さんも、なんであんな人がクビにならないか気になるでしょう? 直接聞けば喋ってくれるかもしれないし」

 その夜、武藤と江口は安田を誘って、会社の近くの居酒屋へとやってきた。
 しかし、席に着くやいなや、安田は会社にいるのと同じように携帯でブログを見続けてる。「このコメント野郎、絶対頭おかしいよなー」と、周りにはわからないことをブツブツとつぶやいている。
「あんたのほうが頭おかしいんだって」江口が嫌そうな顔をして言うが、安田は聞こえてないようだ。
「安田さんは」乾杯の後に、武藤が切り出した。「パソコンと携帯でブログ観ている時以外は何してるんですか?」
「えー、寝てるよ。それ以外にやることあんの?」安田がぶっきらぼうに答える。
「ありますよ。テレビ観たり、漫画読んだり」
「つまんなそうだね。ブログのほうがよっぽどよくない?」
 武藤はさすがにカチンときたが、続けた。「安田さんにとって、ブログとは何ですか」
「あー? 食べることと寝ることと同じかな。これがないと俺、生きていけないし」
「じゃあ、仕事は?」
「仕事? 仕事は会社に行くこと」相変わらず、人の神経を逆なでする言い方で答えた。
 たまりかねたのか、武藤に代わって江口が直球勝負で聞く。「あのー、安田さんが仕事してるの見たことないんですけど、なんでクビにならないんですか」
「わかんない」本当にわかっていないようだった。「じゃ、俺ちょっとトイレ行ってくるから」そう言って、安田は消えた。武藤と江口は帰りを待ったが、結局戻ってこなかった。もちろんお金も1円も置いていってない。

 次の日、武藤と江口は人事部長の小橋を飲みに誘い、安田がなぜ仕事をクビにならないのかについて聞いた。
「うーん、それはな。明かせないんだ。秘密なんだよ」
「どうしてですか? 私、その理由がわからないなら、会社やめます」江口が熱く言う。
「まあまあ、江口さん。そう熱くならないでくださいよ」武藤がなだめる。
「あんたは、いつもそうよね。飄々としていてさ。うらやましいわよ。どうせ私なんか、何のとりえもない真面目人間よ」苛立つ江口が、武藤に絡み始めた。
「おいおい、やめたまえ」2人の言い争いを見て、小橋が言った。「わかったよ。そんなに言うなら明かしてやる。絶対に誰にも言うなよ」
 2人がうなずいた。
「あのな、安田は部をまとめる役割をしてるんだ」
「はあ? どこがまとまってるんですか。崩壊寸前ですよ」江口があきれる。
「そうじゃなくて、ああいう奴が1人いると、みんな悪口で盛り上がって結束するんだよ。だから、まとまりのない部署があると、あいつが送り込まれるんだ。本人には知らされてないよ。それだと演技になっちゃって嘘くさいからな。何年か前から、面接の段階でダメ人間を見つけたら、採用するような枠を設けているんだ。ほら、覚えてるか? おまえらの部署ができた時、あまり空気がよくなかっただろう」
 武藤と江口は顔をつめた。確かにそうだ。2人がいる開発部は、できて2年と日が浅く、最近まで雰囲気が悪かったし、武藤と江口は犬猿の仲と言われた。でも、今は安田のことをきっかけに、こうやって一緒にご飯を食べている。
「ごくたまにな、ダメ人間として採用したのに、会社に入った途端に常識人になっちゃう奴もいるよ。こっちとしては失敗したーって思うな。まあ、そういう奴は、普通に仕事させればいいだけど」小橋は中ジョッキを傾け、笑いながら言う。「でも、安田は本物だったな。あいつは面接中にもかかわらず、ずっとブログを見ていて、こいつは間違いなく採用だ!と思ったもんな。あ、この話ほかの人間にしないほうがいいぞ」
「もちろん」「わかってます」江口と武藤が声をそろえた。2人とも釈然としないものが心に残ったが、小橋人事部長の言葉は真実な気がした。面接中にブログを読んでいる人間が普通に採用されるわけがない。

 その後、開発部の雰囲気が随分よくなってきた後に、安田は別の部署に回された。そこでも安田は、自分がなぜその部署にいるかもわからずに、朝から晩までブログを見ているのだろう。