腰痛王国へようこそ

 この3月に高校を卒業した私は、4月から腰痛王国に入国することを決めた。私は高校1年の時に腰痛を患って以来、部活もやめて勉強も放棄した。よく努力すれば人生はなんとかなると人は言うが、あんなのは嘘っぱちだ。テニス部のエースで成績も優秀だった私は、腰痛のせいで何もかも失った。痛み止めを飲んだ直後はいいが、30分も経つと痛みが全身をつんざき、もはや息をするのがやっとの状態になってしまう。腰痛は人を狂わせるのだ。
 親に腰痛王国に行くことを話したら納得してくれた。私が腰痛に苦しむのを毎日見ていたからだ。腰痛王国は昨年、日本から独立し、旧立川市の敷地を全て買い取っていた。独立の際には特に紛争などは起こらず、世界で最も平和な独立宣言だと言われた。これは日本にあまりに腰痛の患者が増えたため、医療費をカットできることから国にとっては好都合だったようだ。また腰痛の人は腰痛でない人と一緒に暮らすことが辛い。なぜならこの辛さがわからないからだ。そこで現在は腰痛王国の初代王様として君臨する吉永腰男が、平民時代に腰痛オフ会の飲み会で「今度、腰痛王国とか作っちゃおうかな」と冗談を言ったことをきっかけに、急速に独立国家誕生への動きが加速した。腰痛王国では、特に王様に対する特権などはなく、吉永は駅前のHMVで週6日勤務している。
 私は腰痛王国へ入国し、移住するにあたって、この吉永さんに挨拶に行ったが、彼はEXILEのインストアイベントの準備に忙しそうで、ほとんど話すことができなかった。
「今度、腰痛王国に住むことになりました、成田渚です」
「ああそうですか。腰をお大事にね!」
 そんな簡単な会話を交わしただけだ。
 よく腰痛王国と普通の国の違いは何なの?と聞かれるが、これは簡単だ。腰痛王国は税金がやたらと高い代わりに、福祉が充実している。腰痛に対する補助金が特別に確保されており、医療費で家計が逼迫することはまずない。そして何よりも腰痛持ちとしてうれしいのは、腰痛王国にある全ての仕事が、腰痛を発症した時点で休みをもらう権利が義務づけられていることにあるのだ。そんなことを言ったら、ずっと腰痛だと嘘をついて給料をもらうことができるじゃないかと疑問に思った人、それは腰痛を持っていない人の考えだ。腰痛に苦しむ人は、身体が少しでも動く時に動きたくなるものだし、あまりにも腰痛が辛すぎてしばらく引きこもりたくなる気持ちもよくわかる。なので、いくら税金が高くてもいいから、自分のことも救ってほしいし、他人のことも救ってあげたいのだ。
 私はまだどこで働くか決まっていないが、この国でなら働ける気がする。そして、腰痛に苦しむ旦那を見つけてお互いをいたわり合いながら、幸せな家庭を築き上げるのが夢なのです。