ロック少年がEXILE好きな女子の気を惹くための23の方法

 ロック少年をターゲットに絞った恋愛ハウツー本『ロック少年がEXILE好きな女子の気を惹くための23の方法』が20万部を超えるベストセラーとなっている。高円寺に住む猿橋修平はこの本を南口のヴィレッジヴァンガードで見つけ、寝る間も惜しんで1日で読み終わった。その後も気になった箇所に付箋をつけ、ことあるごとに読み返した。
 その内容を簡単に抜粋すると、
「ロックに固執していると世界は開けない。ロックのCDを全部捨てて、EXILEのCDを揃えよう」
EXILE好きな女の子と話を合わせるために、メンバーの名前は全部覚えよう」
「色白の肌は不健康な印象を与えるので、EXILEに匹敵するくらい肌を黒くしよう」
「たとえなかなかEXILEの良さが理解できなくても、“俺はEXILEが好きだ好きだ”と自己暗示にかけることで、EXILEを心から好きになれるように努力しよう」
「それでもEXILEの良さがわからないという人は、まずEXILEのライブに通い続けよう。ロックのライブとはまた違ったスケールの大きさに圧倒されるはず」
などと言うものだ。
 猿橋は著者の加賀めり子が渋谷で講演会を行うことを知り、迷わず出席を決めた。会場となった小奇麗なイベントスペースには定員名を遥かに超える250名が殺到。その95%が男だった。加賀が事前にとったアンケートを笑いながら読み上げる。
「今日の参加者の皆さんは、好きだったバンドの欄を見ると、RADWIMPSとか神聖かまってちゃんとかKIMONOSとかサカナクションとかアジカンとかBAWDIESとかBUMP OF CHICKENとかHIATUSとか、いかにもロックバンドにお熱をあげているロック少年たちが集まっているようですね」猿橋はその全てのバンド名を書いていて、少し恥ずかしい気持ちになった。「あなたたちみたいな人たちは、きっとEXILE好きな女子たちに苦戦しているのでしょう。みなさんはすでに本を読んだかと思いますが、今日はもう少し突っ込んだ実戦トークをしていきたいと思います。いいですか?」
 ロック少年たちはシャイなのか、誰も「はい」と声に出すものはいない。ただ、じっと加賀を見つめ、一言も聞き漏らしてなるものかとメモをとっている者もいた。
「じゃあ、オルガちゃん、出てきてちょうだい」
 ケイティ・ペリーの『カリフォルニア・ガールズ』が爆音でかかり、そこに現れたのは髪の毛をクリンクリンに外巻きにしたギャルだった。ロック少年たちが息を飲む音が聞こえる。どうやら、オルガちゃんの容姿はロック少年たちの心を一発でとらえたようだった。猿橋はドキドキしてしまい、オルガちゃんを直視することができない。
EXILE大好き、オルガでーす。某有名国公立大学に通っていて、特技はドイツ語です。将来はエコノミストになろうと思っていまーす」
 国公立、ドイツ語、エコノミストといった、いかにもギャルっぽい外見に似合わないような言葉が次々と飛び出し、ロック少年たちはたじろぐ。「国公立とか無理だわ。俺、高卒だし」と猿橋の隣に座る長髪の青年が呟いた。猿橋は中堅の私大を卒業しているので、なんとかオルガちゃんとギリギリつりあうかもしれないと妄想した。
「オルガちゃん、可愛いでしょ? みんなきっと好みでしょう? どうかな、そこのチャットモンチーのTシャツを着たメガネくん」
 猿橋はいきなり加賀に当てられ、心臓が止まりそうになったが、「正直、好きです」と本音を漏らしてしまう。会場から失笑が漏れるが、そこには「俺も、俺も」という意味合いが含まれていた。
「今日はこのオルガちゃんに実際にアタックしてもらい、オルガちゃんが気に入れば連絡先を交換してもらい、うまくいけばデートできるかもしれません。考えるよりも、まず実践! 私の本をちゃんと読んでいる男の子だったらできるよね?」
 ただの講演会だと思っていたのに、いきなり目の前の美少女とデートできるかもしれないと言われ、会場の空気がかすかに色めきたつ。
「それでは、時間も限られているので、さっそく行きましょうか。オルガちゃんを口説いてみたい人、手を挙げてください」
 しかし、さすがにいきなり口説けと言われるとハードルが高いのか、手を挙げたのは20人ほどだった。猿橋も勇気を出しておずおずと手を挙げる。加賀が順番に当てていき、それぞれがオルガちゃんに自分をアピールする。たとえば、FACTが大好きだったという25歳の会社員はこう言う。
「僕は先生の本を読んでロックのCDを全部捨てました。今では僕の部屋はEXILE一色です。EXILEタペストリーにEXILEの筆入れ、冷蔵庫にもEXILEのマグネットを貼ってます。オルガちゃんが家に来たら、きっと満足してもらえると思います」
 吉井和哉を神と仰いでいた38歳の経営者はこうアピールする。
「先生の本を読んでから、EXILEのファンブログを開設しました。EXILEファンの人たちと交流をはかるたびに、自分の世界が広がっていくのを感じました。オルガちゃんはまず、僕のEXILEファンブログを読んで、僕がどれくらいEXILE好きかを判断してほしいです」
 メジャーなバンドには興味がなく、ライブハウスで有望インディーバンドの青田買いをするのが趣味だったという19歳の学生はこう声を荒げる。
「インディーインディー叫んでいた頃の自分は、虫けらのようなものでした。僕は先生の本を読んで世界が広がり、あの頃にはもう絶対に戻りたくありません。この自分の体験をもとに、EXILEが人の世界をいかに広げるかを説く自己啓発セミナーもしくは新興宗教を作ろうと考えています。オルガさんにはぜひ僕のそこでの仕事ぶりを見て、ついてきてくれれば嬉しいです」
 猿橋は彼らのアピール度の高さを見て自信をなくしていたが、ついに自分の番が回ってきてしまった。
「僕は…まだEXILE好きになって日が浅いのですが、これからもっともっと好きになれるかと思います。他の人たちに比べてもまだまだマニア度は低いですが、むしろオルガさんにいろいろ教えていただいて、僕がEXILEにハマっていくその過程を、その伸びしろを一緒に楽しんでもらええればいいなと思います」
 こんな答えで勝てるわけがない、そう思いながら絶望的な気持ちで残りの男たちがアピールしていくのを静かに聞いていた。そして手を挙げた全員がそれぞれのアピールを終えた後、加賀が感想を言う。
「どれも正解ね! そうなのよ、ロック少年の子たちは、EXILE好きの女の子を外国人のように見ているでしょう。そんな姿勢だと、距離は縮まりません。まずは異文化交流だと思って、趣味の違いを楽しんで、相手の気持ちになりきってみるのが大切なんです。それだけであなた自身の世界が広がるんです」オルガちゃんがうんうんと頷き、その可愛い仕草にまた猿橋の心はときめいた。
「じゃあ、今までアピールをした中から、オルガちゃんの一番心に響いた人を選んでもらいましょう。オルガちゃん、誰がいい?」
 男たちが息を呑む。オルガちゃんは下唇を1回噛み、ニコッと笑い、そして言った。
「なんとかモンキーのTシャツを着ている猿橋さん」
 男たちの嫉妬にまみれた鋭い視線が濁流のように猿橋に注がれる。猿橋はまさかと思い、立ち上がる。「おめでとう! じゃあ猿橋さん壇上に来てください」加賀に言われ、壇上まで歩いていく。 
 ペコリとオルガちゃんに会釈をし、オルガちゃんがウフフと笑う。すると、加賀が妙なことを言った。「ちょっと待ってね。最後に儀式を行いましょう。猿橋くんが本当にロック好きである自分を捨てたのか。口先だけの誓いじゃ、女の子は納得しませんからね。猿橋くんには今ここで踏み絵をしてもらいたいと思います」
 加賀が手に持っていたのはロッキングオンJAPANだった。無造作に自分の足元に置かれたロッキングオンJAPANを見て、猿橋は戸惑う。確かに加賀の本を読んで、ロックのCDは全部捨てた。それでもロッキングオンJAPANは自分の人格を作り上げ、むしろ自分の血となり肉となったものだ。それを踏むことなんてできるはずがない。
 なかなかロッキングオンJAPANを踏まない猿橋を見て、会場が不穏な空気になる。それでも猿橋はどうしても踏むことができず、「ごめんなさい。僕はこの雑誌だけは踏むことができません。僕は自分にとって大切なものを踏みにじってまで、目先の愛をとろうとは思いません」と言って、ドアから走り去っていく。背後からは男たちの嘲るような笑いが聞こえてきた。
 実はこの話には後日談がある。オルガちゃんはそんな猿橋の行動を見て、猿橋に興味を持った。主催者に猿橋の連絡先を聞き、個人的にコンタクトをとった。本来ならオルガちゃんは、講演会へ出席することをただのバイト感覚でとらえ、選んだ男とデートする気は全然なかったらしい。それが猿橋の思い切った行動を見て心を打たれ、もっと知りたいと思うように至ったのだ。
 猿橋とオルガちゃんは現在、高円寺に新しいアパートを借り、一緒に暮らしている。猿橋は捨ててしまったロックのCDをもう一度買い直したが、EXILEの良さをわかった今、部屋ではEXILEとロックの流れる割合が半々だ。オルガちゃんもロックの魅力を猿橋に教えてもらい、2人がカラオケに行くとロックとEXILEの曲が交互に歌われる。猿橋の好きなEXILEの曲は『FIREWORKS』で、オルガちゃんの好きなロックの曲はモーモールルギャバンの『サイケな恋人』だという。