タラコバナナ

 その日は朝から頭が少し痛かった。僕は大事な会議のプレゼンの資料作りのために、前日から徹夜していたからだ。
「沢崎、早くしろ! 会議始まるぞ!」先輩が急かす。
 本当だ。もう時間だ。ボヤボヤしている場合じゃないぞ。僕は急いで資料をまとめて、会議室へと向かった。

「それでは、今日の新企画についての会議を始めたいと思います。じゃあ、まず最初のプレゼンから。沢崎くん、どうぞ!」
 議事進行役の加藤課長が言い、僕は黙って資料を手にした。
 緊張するな。緊張するなよ。こういう時はまずは深呼吸だ。僕は1回、深く呼吸をして気持ちを落ち着けた。
 みんなの期待の視線が僕に注がれているのがわかる。よし。入社して3年目、これまで仕事で学んだ経験を活かす最高の舞台だ。やるぞ、沢崎ツトム。頑張れよ。
 資料を配り終わり、モニターに用意していた映像を映し、いよいよプレゼンが始まった。
「タラコバナナ」
 まずはつかみの映像の説明だ。
「タラコバナナ」
 あれ? おかしいな。みんなの顔が若干驚き気味の気がする。一生懸命しゃべっているのに、どうにも要点が伝わらないみたいだ。
「タラコバナナ」

 たまらず、加藤課長が質問を入れてきた。
「ちょっと待ちなさい、沢崎君。タラコバナナとはどういう意味かね? これは食べ物のプレゼンではなく、公共事業の企画のはずだが」
「タラコバナナ」
「だから、タラコバナナはいいからさ。真面目にやってくれないか」
「タラコバナナ」
 僕はようやくここで異変に気付いた。どうやら僕が普通に話しているつもりでも、口から出てくる言葉がタラコバナナになってしまうのだ。どうしよう。謝らなくちゃ。
「タラコバナナ。タラコバナナ」
 僕は一生懸命、頭を下げながらタラコバナナ、タラコバナナと謝った。会議室には失笑が漏れていた。

 僕は結局、その日以来タラコバナナとしか話すことができなくなって、データ入力の部署に異動させられた。しかし、そこでも、僕があまりにタラコバナナとしか言わないために、コミュニケーション不足として自主退職を促された。

 すると驚くことに、退職したらタラコバナナ病は治ったのだ。
その後に人間ドックを受診した際に、僕の体からはストレス性と思われる謎の腫瘍が見つかった。医者からは「もしこれ以上ストレスを溜めていたら、命が危なかった」と説明された。
 僕はこれを神のお告げだと思い、感謝の気持ちを込めて、タラコとバナナを神棚に飾っておいてある。