さんまとテレフォンズ

 明大前の駅前で、僕らは迷っていた。
「よし、あのバンドに声をかけよう」
 裕紀が意を決して、バンドに近づいていった。
「あのー」
「なんですか。ロックのことに関しての質問ですか?」
 彼らは真面目な顔をして答えた。
「違います。さんまを焼いてほしいんです」
「そういうのだったら、あそこにいるおじさんに頼めばいいじゃないですか。僕らは曲作りのミーティングで忙しいんです。次の曲でブレイクしないと、いいかげん後がないんです」
 確かに、自動販売機の前で、暇をもてあましてそうな50歳代のおじさんがいた。しかし、裕紀はそのおじさんには目もくれずに頭を下げた。
「そこをなんとか。バンドマンの人は手先が器用だからうまく焼いてくれるかと思いまして」
「わかりました。そこまで言うならやりましょう。ただし、うちのドラマーですが、いいですか。ドラマーとは言え、ヴォーカル&ギターの僕よりも器用ですよ」
「本当ですか」
 裕紀はドラマーと固く握手を交わし、さっそくさんまを焼いてもらった。ヴォーカル&ギターは器用と言っていたが、その指の動きはダイナミックかつスムースで、通勤帰りのサラリーマンが足を止めて見惚れるほどだった。
 2時間ほどかけて、さんまを焼き終わった頃には、ドラマーの周りには200人くらいの人々が集まっていた。
 その中には、レコード会社の人間もいた。ヒゲとサングラスという、明らかに明大前駅にそぐわないような風貌で、ひときわ目立っていた彼は、ドラマーのさんまの焼き方に魅了され、その後バンドごとスカウトした。
 そのバンドは今、the telephonesという名前をつけて、活動している。裕紀の家には、毎年暮れになると、ドラマーからお歳暮でさんまの詰め合わせが送られてくる。