高カロリーしりとり

 あの日のことを僕はよく思い出す。
 小学校4年生の時のことだ。その年の8月に僕の両親が逮捕され、僕はひとり暮らしを始めていた。親戚が僕のことを引き取って育てると言ったが、僕は拒否した。僕は両親が忙しい職業だったこともあり、料理や洗濯などの家事は全てやることができたから、ひとりのほうが気楽だったのだ。
 ただ、両親の逮捕によるストレスは自分の想像以上だったようで、僕は拒食症になってしまった。見る見るうちに痩せていき、春には35キロあった体重が23キロまで落ち込んだ。
 そんな頬のこけた僕を見て、周りは気を遣ったのか、誰も声をかけてこなくなった。きっと、ジャンキーの息子とかかわり合いになるのが怖かったし、下手にいじめだと思われるのも嫌だったのだろう。それでも僕は話しかけてほしかった。そして、食欲を復活させて、ものを食べられるようになりたかった。
 そんな中、将来の進路を相談する三者面談が開かれた。両親は拘置所にいたから、僕と先生の2人きりだった。僕の未来は暗く、話すことなど何もない。しかし、黙り込む僕を見て、先生は心配したのか、あることを提案してきた。
「そんなに食欲ないんだったら、高カロリーしりとりやってみよっか」
「なんですか。それ」
「カロリーが高いと思われる食品でしりとりするの。私、食欲ない時によくやるんだ。じゃあ、先生から行くね。カツ丼」
「先生」
「何?」
「いきなり“ん”がついてますが」
「あー。やっちゃった。あなた鋭いね」
 次の生徒の時間が来たため、高カロリーしりとりはここであっけなく終わった。しかし、この瞬間から僕の頭からはカツ丼が離れなくなり、面談が終わったらすぐに、近所の定食屋にカツ丼を食べに行った。驚くことに、スムーズに食べることができ、僕は3杯もおかわりをした。
 その日以来、僕は俄然食欲が湧いていき、みるみるうちに太っていった。定食屋のカツ丼は週に5回食べた。

 28歳を迎えた今、体重は180キロある。さすがに太りすぎかなとも思うが、あの時、カツ丼を食べなかったら、僕はやせ細りすぎて、この世からもういなかったかもしれない。感謝というと言いすぎかもしれないが、先生の提案した高カロリーしりとりは、そのお陰で忘れられない思い出だ。こないだクラス会で久しぶりに先生に会ったら、先生は高カロリーしりとりのことは覚えてないと言っていた。そんなもんだ。