ギネスの髪

「伸びてます! 伸びてます!」
 ラジオから聞こえてきた、アナウンサーの熱い実況を聞いて、客が訝しげな顔を見せた。
「何これ? 野球? タイガースの誰かがホームランでも打ったの? またブラゼルかな?」
「違うみたいですね」私は言った。
「じゃあ何だい?」
ギネスブックに載っている奇人たちを集めて、その特技を披露する番組みたいです。この人は髪の毛が伸びるのが世界一早いようで、その伸びるさまを実況してるんですよ」
「ふーん。そうか」
 客は興味ない様子だった。再び携帯電話をいじり始めている。
「伸びてます! 伸びてます! あーっと、すごいぞ。今、私が定規で測ったところによりますと…、1時間でなんと、2ミリも伸びました!」実況がそう叫ぶと、客は「1時間で2ミリって、すごいわけ?」と聞いてきた。
 私はわからなかったので、適当に答えた。「私はタクシーの運転手なので髪の毛のことには詳しくないんですが、かなり早いほうなんじゃないですかね」
「運転手さんはどれくらいのペースで髪を切りに行くの?」客はそのまま携帯をいじりながら聞き、私は3年に1回だと答えた。
「ふーん。そうなんだ。え? 3年に1回?」画面から目を離して驚く客。「それでその長さは異常だろ。遅すぎるよ。ギネスブックに申請してみたら?」
「そうなんですか。今度挑戦してみようかな」
 そうだったのか。私は3年に1回髪を切るのが普通だと思っていた。なぜなら私には友達が少なく、髪の毛の話題など話したことがないからだ。

 翌日、私はこの客のアドバイスにしたがって、本当にギネスブックに申請してみた。
 しかし、世界にはもっと髪の伸びるスピードが遅い人間がいるようで、取り合ってもらえなかった。最遅記録は15年で1ミリという、フィリピンに住む中学生だそうだ。
 だが、こんな私にも唯一、人に自慢できる取り柄があることがわかったのだ。私はあれ以来、客との話題に困ると、自分の髪の毛の自慢をするようにしている。3年に1回だから、美容院代が安くすむんですよと。興味がない客は全く相手にしないが、たまに驚いて、そして笑ってくれる、気のいい客もいる。
 私に髪の毛のことを教えてくれた、あの客はどうしているのだろう。今度会ったら礼を言わなくてはならない。