ニューヨーク論争

 9月1日が来ると、いつも小学4年生のあの日のことを思い出す。

「みんな元気だった? 夏休みはどこに行ったの? 誰に聞こうかな。じゃあ、南雲くん」
 夏休み明けの新学期初日。
 酒井という、その女教師は僕を指し、僕はニューヨークと答えた。
「ニューヨーク? すごいわね。じゃあ、エンパイアステートビルとか自由の女神を見たのね」
 僕は「いいえ」と答えた。すると、酒井は憤慨した。
「ちょっと待って。それって、少しおかしいよね。ニューヨークなのに自由の女神に行ってないの? じゃあ、どこへ行ったの。正直に言いなさい」
 僕は正直に中古レコード屋と答えた。すると、酒井はますますわけがわからないと言う顔をして、僕をなじった。
「中古レコード? あんた、からかってるんじゃないでしょうね。なんで小学生がそんなところに行くのよ」
 僕の父が中古レコード屋を経営していて、その買い付けだと行っても酒井は納得しなかった。
「中古レコードだなんて。そんなの、日本でも買えるでしょ。誰のレコード買ったのよ」
 僕は当時全然音楽に詳しくなかったが、なんとなく覚えやすい名前だから覚えていた、ポップ・グループディス・ヒートとかの名前を出した。
「は? ポップ? ディス? そんなの全然知らないわよ。ねえ、このクラスの中で今、南雲くんが言った歌手の名前を知ってる人いる? いないわよね」
 続けて、酒井はさらにクラスメートにあることを聞いた。
「今の南雲くんの話を聞いて、“なんかヘン”って思った人、手を挙げてちょうだい。これは大事なことなの。ほら、全員が手を挙げたわ。南雲くん、“なんかヘン”は非行や不良の始まりよ。廊下に立ってなさい」
 僕は素直に廊下に立ち、父にメールした。「これからは、外国に行ったら中古レコード屋以外のところにも行きたい」と。
 すると、返事にはこう書いてあった。「ダメだ」と。
 それを見て僕は、もうこのまま一生中古レコード屋しか行けないのかもしれないと思い、笑った。


「あなた、アイスコーヒーいれたわよ」
「あ、ありがとう」
 あれから15年が経った。実はあの時、クラスメートが全員手を挙げたと思ったのは、酒井の勘違いで、ひとりだけ手を挙げなかった女子がいた。それが今の僕の妻だ。