ネクタイの奇跡

「ソグソグ星人は、ネクタイの匂いが嫌いらしいぞ!」
 同僚の加藤がノートPCでwikipediaを調べながら言った。
「は? ネクタイに匂いなんてないだろ?」僕は怒鳴った。何を馬鹿げたことを言っているのだ。こんな一大事に。
「いいから、だまされたと思って嗅がせてみろ! この会社でネクタイをつけているのはおまえしかいないんだ!」
 加藤の剣幕に押された僕は、勇気を出して会議室を飛び出し、ソグソグ星人のもとへと向かった。ソグソグ星人はそのイナゴのような顔で笑い、獲物が自分から飛び込んできたことに喜んだが、僕が手にネクタイを握り締めているのを見ると、青ざめた顔になった。
 まさか…。加藤の言っていたことは本当なのか? 行ける。行けるぞ、銀治。僕はソグソグ星人の顔を目がけてネクタイを突き出した。すると、ソグソグ星人は苦悶の表情を浮かべ、気絶した。1人が倒れると、その恐怖は伝染し、向こうのチームワークは乱れていった。僕はあたふたと逃げ回る奴らを片っ端から追いかけ、やっつけていった。
 彼らを全滅させるのには20分とかからなかった。最後の1人をやっつけた後、生き残った社員たちから涙の抱擁を受けた。

 ソグソグ星人が僕の会社を襲ったのは今日の午後2時頃だった。彼らは遊び人のサラリーマンの血が大好きで、次々と社員の血を吸っていった。僕の会社は広告代理店で、チャラチャラした社員が多いことで有名だった。
 ソグソグ星人に血を吸われると、人間は肉じゃがになってしまう。なぜ肉じゃがなのかわからなかったが、もしかしたら、真面目さの象徴なのかもしれない。遊び人として目だっていた社員たちは次々と肉じゃがにさせられ、無残にグジュグジュと踏みつけられた。
 そんな中で、僕だけがネクタイをしていた。他の社員は自由な社風を満喫し、誰もがカジュアルな格好だった。なぜ僕だけかと言うと、親が厳しかったからだ。「会社に行くのに、ネクタイなしでは行かせない」と毎朝怒られていたのだ。僕は周りの社員から「真面目すぎる」「子供みたいだ」「もっと崩したほうがいい」と笑われた。
 それが、こんなことになってしまうなんて…。僕のことをバカにしていた社員たちは、ほとんど肉じゃがにされてしまった。
 僕はすぐさま親に電話をかけ、「ネクタイありがとう」と連呼した。親は何のことかさっぱりわかっていなかった。