ガルシアの遺言

「最後に言いたいことはないか。遺言を聞いてやろう」
 ホセは引き金を引き、ガルシアの額に銃口をつけた。ガルシアは俺たちの組の麻薬を横流しして、莫大な利益を得ていた。こういう悪知恵の働く奴は地獄への片道切符を渡すのがふさわしい。
「グ、globeの」ガルシアは観念した声で言った。
「何? よく聞こえねえな」
「globeの」
「グローブ? 野球か」
「違う。グループだ。日本にglobeというアイドルグループがいるんだ。そのメンバーのKEIKOにこれを渡してくれ」ガルシアはそう言って、ポケットの中から白いバラを取り出した。
 ホセは警戒した。この期に及んで日本? ガルシアのネットワークはアジアまでも広がっているのか。
「なんで日本なんだ。その人間がおまえと繋がっているのか」
「違う。俺のやっている悪事とはまるで関係がない。ただ、俺が小さい頃からずっとglobeのファンなんだ。だから、最後に俺からの挨拶をしてほしいんだ」
「相手はおまえのことを知ってるのか」
「知るはずがないだろ。俺はメキシコから一歩も外に出たことがない。ただ、海賊版のDVDやYoutubeで彼女の映像を見て一方的に楽しんでるだけのファンだ」
「わかったよ。麻薬王の最後がアイドルとはな。おまえにもヤキが回ったな。子分たちが聞いてあきれるぜ。あばよ」
 銃声が波止場にこだました。ホセはその足で日本へと向かった。ホセは自分が始末した人間の望みは必ず叶えてやるのがポリシーだった。




「ケイコ?」
 KEIKOはすぐに見つかった。自宅の外で張っていたら、ゴミを捨てに出てきたのだ。アイドルだっていうのにセキュリティもつけていないのか。全く無用心な国だ。ホセはあきれた。
「イ、イエス
 ホセを見上げるKEIKOは怯えている様子だった。当たり前だ。どこからどう見てもホセは生粋のメキシカンマフィアにしか見えない。
「フォー・ユー」
 ホセはそう言って、KEIKOに白いバラを渡した。KEIKOは顔を赤らめてモジモジしている。その反応を見て、ホセは不審に思った。おかしいぞ。しかしてこの女は俺が愛の告白をしていると勘違いしているのではないだろうか。
「ノー、ノー」
 ホセは一生懸命弁解するジェスチャーをとった。「これは俺が命を奪った奴から遺言として譲り受けたバラだ。奴はおまえの大ファンだった」と伝えたいのだが、ホセは英語が苦手だった。しかも、この女がスペイン語を喋れるとは思えない。
「ファン、ファン」ホセがそう苦し紛れに説明していると、KEIKOは誇らしげな表情を浮かべ、オーバーなアクションで両手を広げた。
「ユー、マイ・ファン? OK、OK」
 KEIKOはそのまま満面の笑顔で、ホセに握手を許可してきた。そう、まさに許可だ。握っていいよと言わんばかりに手を差し出してきたのだ。ホセは困った顔で、その手を握り返した。思ったよりも湿っており、ホセは驚いた。日本人の女性に触れたのも初めてだった。
 この瞬間、ホセはKEIKOに恋をした。しかし、ホセは知らなかった。KEIKOはすでに既婚だと。
 この後、どんな血の修羅場となったかは、ホセとKEIKOと小室哲哉しか知らない。