遅咲きの拓

 なけなしのお小遣いで、どのおでんの具を買おうかとファミマで迷っていたら携帯電話が鳴った。見ると、それは知らない番号だった。
「はい」ミサトは知らない番号でも出ることにしている。友達は気味が悪いからと言って出ない人が多いけど、たとえ間違い電話だとしても、これも何かの縁だとミサトは思う。
「もしもし、ミサトか?」
「あ、はい」あれ? この声、聞いたことある。まさか…。「おじいちゃん?」
「そうだよ。拓だ。おじいちゃんだ」
「やだー。なんでよ。家からかけてくればいいのに。携帯買ったの?」
「ああ、さっきエーユーショップとか言うところで買ってきた。海外でも使えるらしいぞ」
「おじいちゃん海外なんて行ったことないでしょ? ところで、何かあった?」
「ああ。そのことなんだがな…」おじいちゃんはそこまで言って、口をつぐんだ。おじいちゃんは10年前におばあちゃんを亡くして以来、ひとり暮らしをしている。今年でもう83歳だったはずだ。もともと無口だったが、ひとりになってからますます寡黙になった。たまにおじいちゃんの家に遊びに行くこともあるが、ミサトがひとりで喋ってばかりいる。
「何よ。思い切って言っちゃいなさいよ。あ、私は囲碁のルールだけは覚えないからね」おじいちゃんは囲碁が好きで、何度もミサトに教えようとしたが、どうしても好きになれなかった。
囲碁のことじゃないんだ」
「じゃあ何よ」
「あのな。ミサトの友達を紹介してくれないか」
「はー? 何言ってるの、おじいちゃん。私いくつだと思ってるの? 17歳だよ。いくらおばあちゃんがいなくなって寂しいからって、それは若すぎるでしょ。犯罪だよ」
「いや、そういうのではなくて。なんとなくな。わしにはもう時間もないし、若い女の子とメールとかしてみたいんじゃよ」
「そんなの、私でいいじゃない。いくらでもメールするわよ」
「ミサトは小さい頃から知ってるから。ほら、ときめかないじゃろ」
「もうー、何言ってるの?」ミサトは半ばあきれながら、うれしかった。おじいちゃんがこんなことを言う人とは思わなかったからだ。やっぱり男なんてみんな一緒じゃないか。女子の存在が男を元気にするのだ。「じゃあ、仕方ないな。私の親友のマハのメルアド教えてあげるよ」



 マハには夏休みに入る前に、頭を下げてお願いしたが、「いいよ。面白そうじゃん。ちょうど今、私彼氏いないし」とあっさり承諾してくれた。その後、ミサトは夏休み中、夏期講習などで忙しくて、マハとはしばらく連絡をとっていなかった。おじいちゃんともだ。
 それでも、2人がどうなっているのか気にはなっていた。おじいちゃんは望み通り、マハとメル友になれただろうか。ミサトは夏期講習が落ち着いた頃、8月の終わりにおじいちゃんの家へとお邪魔した。
「お邪魔します」
「ああ、入れ」
 驚いた。おじいちゃんがTシャツと短パンを履いているのだ。まるで若者だ。
「おじいちゃん、何その格好。めちゃめちゃ格好いいよ」
「ああ。そうか? BEAMSだけどな」
「げげー。私よか、オシャレだ」
「そんなことないよ」
「ところで、マハとはメールしてるわけ?」
「たまにね。会ったりもしてるよ」
「あー、会ってもいるんだ。どこで会ったの?」そうミサトが聞いた時、テーブルの脇にあるものが目に入った。リンキン・パークマイ・ケミカル・ロマンスのCDだ。「リンキンとマイケミじゃん。これ、どうしたの?」
「ああ、買ったんだ。マハちゃんとサマソニ行ったらよくてさ」
「え? サマソニ行ったの?」それでこのCDを買ったのか。
「ああ。サマソニだけじゃなくて、ライジングサンもな」
「え? え? それ、北海道じゃん」何がどうなっているのだ。おじいちゃんは飛行機にも乗ったことがないはずなのに。「ちょっと水飲んでいい?」そう言って、台所に行くと、ミサトは自分の目を疑った。フライングVのギターが何気なく立てかけてあったのだ。「TAKU」と書いたステッカーも貼ってある。
「おじいちゃん、何これ!」
「どうした?」飄々と台所を覗きに来たおじいちゃんは、いともあっさりと言ってのけた。「ギターだけど。あ、俺、マハちゃんの友達とバンドを組んだんだ」
 人は何を始めるにしても、遅すぎるということはない。ミサトは驚きのあまり、言葉が出ない。