聖なる若づくり 〜Holy Anti-Aging〜

 神様は人々のすぐ隣りに住んでいらっしゃいます。あまり遠くにいると、人間たちのことがよくわからなくなりますからね。以前に、神様が空の上に住んでいた時は、人間たちの本当の悩みがわからずに苦労したそうです。その当時、戦争などが頻繁に起こったのも、神様が遠くに住んでいたことが理由なのです。
 現在、神様は東京都の三鷹市にあるアパートに住んでおられます。全然、豪華ではありませんよ。ごくごく普通の木造のアパートです。この方が人間のリアルな暮らしを知る上で、ちょうどいいのだそうです。
 私ですか? 私は神様の家に雇われている家政婦です。出身は鹿児島県です。この仕事はフロムエーで見つけました。日給は6000円。神様にしては、その額は少ないだろうと思われる人も多いでしょうが、神様は贅沢を嫌うので、私には質素な生活をしてほしいのだそうです。
 神様自身も大変質素な暮らしをしております。部屋にはほとんど物がありません。物は人間を狂わせる、と神様はよく言っています。私も昔は、ずいぶんブランド物などに熱狂した口ですが、現在は神様の考え方に影響されて、シンプルな生活のよさがわかりました。
 神様の部屋にはベッドと机と、簡単な調理器具しかありません。全く生活臭がしないために、知らない人が訪れたら、ここに人が住んでいるのかと疑うことでしょう。
 ですが、今日、私は神様の家で見慣れないものを見つけてしまったのです。それは机の上にありました。薬のようなものでした。神様、どこかお体が悪いのかしら。私は気になって、手にとって眺めていると、そこに神様が帰宅いたしました。


「ただいま。今日も疲れたよ」
「おかえりなさいませ」
「あ」神様は私がその薬を持っているの見ると、若干気まずそうな顔をしました。
「何か病気なんですか」私は思い切って聞きました。神様が病気でしたら、この世界はどうなってしまうのか、私には想像がつきません。
「そ、それは」神様はあまり深くを語りたくないように見え、私は寂しく思いました。
「言ってください! 水くさいじゃないですか。私はただの家政婦です。ですが、この仕事に誇りを持っているし、神様のことは何でも知りたく思うのです。何か病気だったら大変じゃないですか。私だって、いくつか病院は知っていますから、お役に立てるかもしれませんよ」
 私の勢いに負けたのか、神様はやっと説明してくれる気になったようでした。
「それはな。プラセンタエキスだ」
「プ、プラセンタ?」
胎盤エキスだよ。ほら、芸能人とかがよく使っているだろ。アンチエイジングサプリメントだ」
アンチエイジングですか」
「そうだよ。だから言うのが恥ずかしかったんだ。神様だって若づくりがしたい。ほら、やっぱり何だかんだ言ったって、見た目って大事だろ? イメージ崩れたとしたら謝るからさ。モスバーガーでも行こうよ。奢るから」
 私はとてもショックでした。神様がアンチエイジング? 私の中でイメージがガラガラと崩れていくのを感じました。
「はっきり言って幻滅しました。神様がそんな普通のOLみたいなことをするなんて。見損なったわ。私、今日限りで辞めさせてもらいます」
 私はそう言って、アパートを出ました。次の仕事のあてなどありません。ただ、悲しくて悲しくて涙が止まりませんでした。



 そして、私が三鷹駅の改札を定期で通ろうとした時のことでした。神様が私の名前を大声で呼んだのです。
「よし子!」
 私は驚いて振り向きました。
「神様?」
「辞めないでくれ! 行かないでくれ! 人間を作って700万年ほど経つが、私に向かってそこまで言ってくれた人間は君が初めてだ。私には君が必要なんだ。だから、もうアンチエイジングなんてしないから、結婚してくれ!」
 私は驚きと喜びで訳が分からなくなって、改札をそのまま逆流して神様のもとへと走っていきました。後ろからは改札がエラーを告げる音がビーコビーコと鳴り響いていました。
 私たちはそのまま抱き合い、周りの人が口笛を吹いてはやし立てました。実家の両親になんて言って紹介しようかしら。そんなことを考えながら、私は神様の胸元のタバコくさい匂いを嗅いでいました。