僕らのセンスマン

「センスマーン」
 安倍課長が窓を開け、新橋のオフィスビルの群れに向かって叫んだ。その3分後、センスマンが窓の外から会議室の中に滑り込んできた。会議に出席する社員たちが声を揃える。「ようこそ、センスマン!」と。
 センスマンは大澤アド社の企画会議が行き詰まっている時に、誰かが呼ぶとどこからともなく現れる。そして、センスのある企画を発表して、重苦しい会議に終止符を打って去っていく。
 今回の会議では大澤アド社の第3企画部が、ごま油のパッケージのデザインに行き詰まっていたが、センスマンの発表したレッサーパンダのデザインのお陰で窮地を脱出した。
「いやいや、今回もセンスマンのお陰だよ。神様、仏様、センスマン様だ」安倍課長が絶賛し、他の社員たちもうなずいて同意する。
「ごま油にレッサーパンダを持ってくるなんて、センスマンしかできない斬新な企画ですね。一見何の関連もなさそうに見えて、本当に関係ないのが実に斬新だ」入社6年目の加藤が、よくわからない理屈を述べる。
「センスマン! センスマン!」誰かが言い始めると、周りの社員もそれに続き、センスマンを賛辞する大合唱コールが巻き起こった。



 しかし、そんな中で、入社1年目の桂木修一だけはセンスマンの出す企画に疑問を抱いていた。これって本当にいいのか? ただ、センスマンだから間違いないだろうという理由で盲信的に決めつけてるんじゃないか? 桂木はその疑問を堂々と次の会議でぶつけてみた。
 桂木が会議の冒頭から手を挙げる。「はい、桂木くん」部長が発言を促す。
「えーと、僕、センスマンの企画に疑問を抱いているんですが、実際はどうなんですか」
 会議室が凍り付くのが、桂木にもわかった。
「バカなことを言うな! 入社1年目の素人にセンスマンのよさがわかるわけないだろ」入社5年目の大橋が声を張り上げる。そうだそうだ、という声が聞こえる。
「だって、そもそもセンスマンの企画は売れないじゃないですか。あんなの自己満足だと思うんですよ」
 そう言うと、会議室は少しだけ静まった。確かにセンスマンが決めた企画はセールス的に芳しくない。しかし、そんな一言では彼らのセンスマンへの絶対的信頼は揺らがなかった。
 大橋が小さい子を諭すように、桂木に向かって言う。「いや、でもセンスマンを信じてついていけばいいんだよ。そしたら、いつか道は開けるはずだ。センスマンの企画は、何よりもセンスがあるんだから」
 桂木はあきらめた。こんな連中に何を言っても無駄だ。桂木はこっそりと別のプロジェクトを立ち上げ、周囲の逆風を押し切りながら、細々と自身の企画を形にしていった。
 すると、そんな周囲の予想に反して桂木の企画はヒットする。センスマンに反抗した男として、社内でちょっとした評判になっていた。
「いや、センスマンに言えるのは君だけだと思っていたよ」廊下で会うと、誰もが桂木を褒めた。みんな調子がいいものだ。
 センスマンへの企画の発注は次第に減っていった。そして、そんなある日、大澤社長と権藤部長が桂木を神楽坂の料亭に連れていった。桂木は嫌な予感がしたが、それは的中した。
「君、センスマンにならないか」部長が切り出した。
「新しいセンスマンだ。今のセンスマンはもうクビにしよう。奴の企画はもう古い。そうだろ? 我が社は君のセンスについていく方針で動く。報酬はたっぷり出す。今のセンスマンの3倍だ」社長が詳しく説明をする。
 桂木はぞっとした。こんな奴らについてきてもらってもうれしくない。
「ごめんなさい。僕、会社を辞めさせていただきます」
 


 その後、桂木は会社を辞め、独立を果たした。そこでのんびりとヒット商品を作っている。風の噂によると、大澤アド社は社内でのセンスマンの評判が悪くなり、結局クビにしたそうだ。しかし、センスマンを失った大澤アド社は舵取りのいない船のようで、迷走に迷走を重ね、センスマンがいた頃よりも業績は下がっているという。