硬い卵

 男は朝起きると、目玉焼きを作るために冷蔵庫から卵を取り出した。しかし、何度フライパンのふちに卵を叩きつけても割れなかった。男は怒り出し、窓ガラスを割って外に放り投げた。
 投げられた卵は空を飛んでいき、少年たちが野球をしている空き地に転がってきた。それでも卵は割れなかった。
 少年たちは、どこからともなく飛んできた楕円形のボールを珍しそうに眺め、それを野球に使うことにした。すると、そのボールは魔球が投げられるということで、彼らのいい遊び道具になった。少しだけ手首をひねるだけで、驚くほど曲がるのだ。
 しかし、少年たちはすぐにボールと戯れることに飽きてしまった。卵は忘れられて空き地に転がっていた。
 少年のひとりは家に帰ると食卓で、今日遊んだ面白い楕円形のボールの話をした。父親は全く興味を示さなかった。彼は野球をしたことがないからだ。
 そこで少年は思った。あの不思議なボールがあれば、この運動オンチの父親も少しは運動に興味を持ってくれるに違いない。少年は野球が強い中学に行きたいのだが、それにも少しは理解を示してくれるだろうと計算を働かせた。
 ちょっと友達に貸したノートを返してもらってくると言って、少年は空き地に向かった。空き地に着いたのはいいが、あまりの暗さにボールを探すことはできなかった。光があれば…。そう思った時に、目の前でタバコを吸っている高校生の集団がいた。少年は勇気を出して声をかけた。「ライターを貸してください」
 高校生は不審に思い、その理由を聞いてきた。少年は正直に答えた。殴られるのではないかと思ったが、意外なことに高校生たちは一緒に探してくれることになった。すると、あっさりとボールは見つかった。
 少年は高校生に礼を言い、家に帰った。父親はもう寝ていた。少年は明日話そうと、ボールをテーブルの上に置いて寝た。
 翌日、少年の母親がボールを卵と勘違いし、フライパンの角にぶつけて割ろうとした。しかし、卵は割れず、腹が立った母親は窓の外に放り投げた。