脳みそ実験室

 カタルはとても記憶力に自信がなかった。知識欲だけは旺盛なくせに、覚えることを次から次へと忘れていく。そのスピードたるや、マーク・クルーンのスピードボールよりも速かった。
 自分の将来に悩んだカタルは、記憶力を試すために、友人のマメ太を呼び出した。マメ太は最初、カタルの申し出に難色を示したが、貸している2000円をチャラにしてやるというと、八王子の自宅から中野のカタルの家まで渋々とやってきた。
 カタルはマメ多に東急ハンズで買った糸ノコを渡し、頭を切ってもらうように頼んだ。
「血が出たらどうしよう」と悩んでいるマメ太に、カタルは脱脂綿と止血剤を手渡し、「大丈夫だから」と言って安心させた。
 意外なことに、血はあまり出なかった。マメ太は手を震わせながら頭に穴を開けて、カタルに聞いた。「この後はどうすればいい?」
 カタルはまず頭の中を覗くように言った。マメ太が覗くと、その中は空っぽだった。
「何も入ってないよ」
「何もってことはないだろう。俺は昨日も本を読んだ。その前の日も読んだ。その時に得た知識が蓄積されて入っているはずだ」
「本当に何もないんだ」
「そうか。ないものは仕方ないな」カタルはあっさりと納得し、そして言った。「その代わり、いろいろと詰め込んでほしいものがある」
 カタルは用意していた日本史の参考書と映画『黄泉がえり』のDVD、市役所から送られてきた税金のパンフレットなどを手渡した。
「これで、これらの作品を覚えることができるはずだ」カタルが言うと、マメ太は不思議そうな顔をした。
「なんで、この3つなの?」
「日本史は明日テストがあるから覚えなくちゃいけない。『黄泉がえり』は話のあらすじが大好きだから、いっそのこと丸暗記しちゃいたいんだ。あと、税金のパンフレットは読んでも読んでも全く頭に入らないからな」
 マメ太は納得し、言われた3本を頭に詰めた。
「どうだ? まだ入りそうか?」カタルが聞くと、マメ太は頭の中のスペースを確認し、うなずいた。
「なんだ。俺の記憶力もけっこう行けるじゃないか。その辺にあるもの、片っ端から入れてくれよ」
 マメ太はカタルの部屋にある、あらゆる本とDVDを詰めた。しかし、まだスペースは余っていた。
「余ってるなら、本とか以外でもいいから入れてくれよ。俺は少しでもいろんなことが知りたいんだ」
マメ太は冷蔵庫を取り出し、賞味期限の切れた牛乳やカチカチになったチーズなどを入れた。
「こんなの入れて、お腹こわさない?」マメ太が心配する。
「お腹はこわさないだろ。ここはあくまでも頭だ。全然大丈夫だよ。それより、そろそろ頭を閉じてくれないか。傷口が腐るといけないからな」
 マメ太は手を震わせながら止血剤を塗り、頭を再び閉じた。カタルは目をつぶり、自分の記憶力を確認しようとした。
鎌倉幕府ができた年は…? あれ、何年だっけ?」何度考えても思い出せなかった。「ダメだ。全然覚えられてない」
 カタルは困った。せっかく頭を切り開いたのに、これでは切り損に終わってしまう。しかし、テストは明日だ。日本史の勉強しようとも、参考書がないからできない。仕方なく、カタルはもう一度マメ太に頭を開いてくれるように頼んだ。
 しかし、マメ太はカタルの申し出を断った。「もうあんなに怖い思いはしたくない」というのが理由だった。
 カタルはマメ太が帰った後、仕方なく本屋に行き、もう一度参考書を買って、普通のやり方で勉強した。しかし、全く知識は頭に入らず、テストの結果はさんざんだった。ただ頭だけがやけに重かった。