僕は友達じゃない

 薫の家に電話があった。電話の相手は小森と名乗った。小森は自分のことを「あなたの友達です」と自己紹介した。
 薫は心当たりがなかったもので、「私に友達はいないと思います」と答えた。しかし、小森は大笑いして、「いるじゃないか、俺が」と言った。
 薫は本当に心当たりがなかったので、「すみませんが」と断って電話を切った。

 翌日、小森は董の家までやってきた。董がドアを開けると、知らない男がいた。それが小森だった。
「久しぶり! 俺だよ。小森です。こないだ電話、突然切っちゃうもんだから、来ちゃったよ」
 小森は思っていたよりも感じのいい男だったが、何度見ても見覚えはなかった。
「あなたは私の友達と言いましたが」薫が聞くと、小森は答えた。「ああ、言ったけど、まあそれは置いといてさ。けっこういい家住んでるよね。もっとボロっちいアパートを想像してたけど」
「ありがとうございます」
「仕事何やってるんだっけ?」
「イタリアンレストランで働いています」
「イタリアンと言えばさ、こないだ糸こんにゃくでパスタを作ろうとしたんだよ。そしたら、すっげえ糸こんにゃくの味だったんだ。わははは!」
 薫はちっとも面白くなかったが、勢いに押されて笑った。しかし、こんなところで無駄話をしている時間はもったいない。はっきりさせないといけない。
「あの、もうお引取り願いますか」
「あ、思い出した。DS持ってきたんだけどさ、ちょっとこの敵が倒せないんで、やっつけてくれよ。ほらほら」
 薫は無理矢理DSを渡され、敵をやっつけてあげたが、すぐに返した。
「やっつけましたけど、僕も忙しいんで…」
 薫がそう答えると、小森は「仕方がないなあ」と言って辞書を取り出した。そして、ページを開け、「友達」という欄を見せてきた。そこには「互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人。」と書いてあった。
「ほら。これで君と僕とは友達じゃないか。心は許し合っていないが、互いに対等に交わっているだろ。現に今ここで一緒に遊んだりしゃべったりしているじゃないか」小森はそう言った。
 薫は混乱した。正直これまで生きてきて、友達というものを持ったことがなかった薫は友達がどういうものか知らなかったのだ。さすがに辞書に書いてあるからには、その通りかもしれないと思い、小森に押し切られた形となった。この日、薫に初めて友達ができた。