流星のモノローグ

 26歳の名波洋治と28歳の加瀬秀太郎は代々木公園のベンチに並んで座っていた。この日はフォークグループ「新渡戸?否!象!(にとべいなぞう)」の結成以来はじめての会議の日で、2人とも若干緊張した面持ちだった。2人はこの日、最初のオリジナル曲のタイトルを決めることになっていた。
 しかし、2人は無言だった。どちらかの発言がバカにされるのが怖かったからだ。そして1時間ほど経ち、日も暮れ始めた頃、加瀬が遂に口を開いた。
「1曲目の曲名は」ここで加瀬がゴクリと唾を飲み込む音が、名波にも聞こえた。「『流星のモノローグ』がいいと思うんだ」
 6秒間の沈黙の末、名波が答えた。「いいと思う」
「本当か?」加瀬は内心ホッとしていた。昨晩から悩みに悩んで決めた曲名だったからだ。
「ところで、モノローグってどういう意味なんだい?」
 名波の質問に、加瀬は答えた。「意味はわからない。ただ、響きがカッコいいからだ」
 名波は細かいことが気になる性格だったので、この答えには納得がいかなかった。「意味がわからないと、リスナーにメッセージが伝わりにくいんじゃないか。それに、歌詞を書いたとしてもすごく抽象的なものになりそうだ」
 名波のそんな物言いに、加瀬はカチンと来ていた。自分が発言しないのに、その言い草は何だ。俺が意見を言わなかったら、今日中に曲名が決まることはなかったはずだ。
「わかったよ。じゃあ、あそこで犬の散歩をしている女の人に聞いてみよう」加瀬は立ち上がり、女の人のもとへと歩いていった。ベンチでひとりで座っているのも気が引けるので、名波もその後をついていった。
「すいません。モノローグってどういう意味なんですか!?」加瀬の口調は相手を詰問しているかのようだった。名波はそれを聞いて、知らない人に声をかけるにはもっとソフトな口調のほうがいい、と思った。加瀬の緊張はピークに達しているのだった。
 案の定、相手は十分すぎるほど戸惑っていた。新手のナンパか宗教の勧誘なのか、様々な面倒くさいシチュエーションを想定しているに違いない。そして2人のルックスをつま先から頭まで見渡して、危険性がないと判断したのか、こう答えた。
「わかりません。家に帰ったら辞書があるかもしれませんが…。でも、なぜですか?」
 加瀬は先ほどの質問で力つきたのか、黙ってしまっていた。そこで名波がバトンタッチをして、質問に答えた。
「僕たち、バンドをやっていまして、その曲名なんです。でも、意味がわからなくて」
「あなたたち、バンドをやっているんですか?」女性の目が輝いた。どうやら彼女はバンドのファンらしく、次々と質問を投げかけてきた。次のライブはいつなのか、タワーレコードに行けばCDが買えるのか、有名なバンドと対バンしたことがあるのか、など。しかし残念ながら、これらの質問の答えは全てNOだった。
 結局、立ち話も何だからと言って、女性の行きつけであるペット可のカフェに行き、お茶をすることになった。加瀬はまだ緊張しているのか、ほとんど口を聞くことはなく、名波が女性の話の聞き役となった。
 3時間ほど喋ったあと、別れ際に3人は連絡先を交換した。名波は「今日は奇遇な出会いでしたが、楽しかったです」というメールを送り、相手からは「こちらこそ♪」と一言だけメールが返ってきた。


 その後、自分が歌詞を書くものだと思い込んでいた名波は『流星のモノローグ』の歌詞を書き進めていった。モノローグが「独白」という意味ということもわかった。内容は、イラク帰りのアメリカ兵が、自分がハイスクール時代に行ったカンニングを流星に向かって懺悔するというものだった。
 しかし、加瀬からは何の連絡もなかった。名波は1曲全部の歌詞を書き上げたが、雑誌の山の中に埋もれさせていたら失くしてしまった。
 その半年後、携帯の電話が鳴り、ディスプレイを見ると「加瀬」とあった。
「どうしてたんだよ。歌詞全部書いたのに。曲名忘れたけどさ、なんとかのモノローグ」名波が言うと、加瀬が意外なことを口にした。
「ああ。そうだったな。それより俺、結婚するんだ」
「おめでとう。相手は誰だよ」
「あの犬の散歩の人だよ」
 加瀬が言うには、あのとき無口だった加瀬に、女性は興味を惹かれ、その後連絡が来たらしい。そして、2人はデートを重ねてゴールインを果たしたというわけだ。
 それなら、と名波は加瀬の結婚式で、「新渡戸?否!象!」を再結成することを提案した。しかし、加瀬は「自信がないから」と言って断った。名波はひとりで『流星のモノローグ』を歌おうかと思ったけど、再び歌詞を書くのも億劫だったし、そもそも作曲ができないのでやめた。結局、結婚式の演しものでは、加瀬の同僚が『羞恥心』を裸で踊っただけだった。