やせがた たがやせ

 わたしの彼氏はとても乱暴者で、わたしはそこに惹かれた。
 彼の鉄のような筋肉を見ていると、自分がいかに柔らかくてちっぽけな存在かがわかる。彼は痩せ型なのに、それを支える筋肉の量が尋常じゃない。わたしは映画を最後まで観ることができないほど集中力が欠けている人間だが、彼の筋肉なら1時間でも2時間でも見続けていても飽きない。
 そんな彼が怒った時は大変だ。彼は絶対に人間や動物には攻撃を仕掛けないので、喧嘩に発展することは少ない。ただ、物と見るとすぐに壊したくなってしまうのが欠点だった。
 その日も彼は朝から機嫌が悪く、2人で散歩をしていると道端にそびえる壁をドカドカと殴り始めた。こんなコンクリートを殴っていても骨が折れない彼の手は本当にすごい。そんな風に感心しながら眺めていると、彼の目に電車が目に入ったようだった。彼は踏み切りから線路に侵入し、わたしが止めようと思っている暇もなく、駅に停車している電車の壁をドカドカと殴り始めた。「そこの侵入者、電車に危害を加えることを今すぐにやめなさい」というアナウンスが入り、警察がやってきた。彼はあっというまに拘束され、器物損壊の罪で逮捕された。


 釈放後、わたしは彼に聞いてみた。「なんで今日は電車を殴ってしまったの?」
 彼は答えた。「自分より大きいものを見ると、むなしくなるからだよ」
「何それー。電車ごときでむなしくなってたら体がもたないじゃない。じゃあ地球はどうなるの? 宇宙は?」
 わたしがそう言うと、彼は黙っていた。そして言った。「そうか。地球のことを忘れていた。すまないね、弘美。俺はなんて浅はかな男だったのだろう」彼の目には少し涙が浮かんでいた。
「いいのよ。人間はそうやって成長していくの。あなたもそうだし、わたしもそう。これからは地球に怒りをぶつければいいじゃない。それなら逮捕もされないでしょ」


 それからというもの、彼はわたしと会っている時も、会っていない時も、暇を見つけては地面をドカドカと殴り続けていた。すると信じられないことに、彼が住む板橋区の地盤が沈下気味だとのニュースが流れた。警察の発表によると、どうやら何か巨大な力を持つ者が地盤をゆるめているお陰で、ビルが沈み、川の堤防が決壊しかけているとのことだった。わたしはそのニュースを見た時に、「あ、これはヤバイ」と思った。彼が地面に攻撃を仕掛けているところを見つかったら、絶対に逮捕されてしまう。何しろ、彼には前科があるのだ。
 わたしは彼を説得し、飛行機に乗せ、遠くの国に連れていった。その国では地面が硬く、作物が育たないのが問題になっていたので、彼の力はとても役に立った。
 しかし、人から期待されるようになると、彼もなぜ地面を攻撃しているのかの理由がわからなくなってきたようだった。肉体と精神は密接に影響しあっているため、彼の筋肉からはどんどん光沢が失われていった。私は彼から魅力が消えてしまったことを確認すると、お別れを告げ、日本に帰った。彼はまだ、あの国で地面を耕していると聞く。