恋人はザーザザー

 大学時代の人気者、軽見さんに彼氏ができた。軽見さんは下北ファッションの似合う美女で、出会う男は必ず一度は恋に落ちた。そんな軽見さんはなぜかずっと彼氏がいなかったのだ。
 そんな彼女に彼氏ができたことを祝って、軽見さんにフラれた男たちが軽見さんを囲む会を開催することにした。会場は三鷹のジョナサン。大学時代にみんながコイバナを語り合った場所だ。
 吉本慎司がジョナサンに着くと、すでに30人ほどの男と軽見さんがいた。軽見さんは相変わらず綺麗だった。司会をやっていたのは郷大吾という、喋りの上手な男だった。大吾がマイクを通して、プロっぽい喋り方で場を仕切る。
「じゃあ、さっそく軽見さんに一番聞いてほしいことを聞きましょう。彼氏の名前は何ですか」
 男たちからの歓声があがった。吉本は、名前のことはそんなに気にならなかった。それより、仕事とか、収入とか、もっと聞くべきことがあるだろうが。
 しかし、軽見さんの答えは吉本を驚かせた。男たちも驚いた。軽見さんはなんと、彼氏の名前を「ザーザザーです」と言ったのだ。
 義春とか喜一とか、そういう普通の名前が出てくると思ったのに…。大吾はすぐさま男たちの気持ちを代弁した。
「ザーザザーって。それはどこの国の人ですか?」
「人ではありません。蚊です!」
 軽見さんの説明したところによると、彼女はどちらかといえば人間より蚊を好む体質とのことだった。男たちの多くはそんな軽見さんの予想だにしない性癖にショックを受けたが、彼女のミステリアスな魅力を助長するものだとして喜ぶものもいた。軽見さんが「ザーザザーのご飯を作らなくてはならない」と言って帰った後、男たちでミーティングが行われたが、蚊の寿命はおよそ1週間だから、ザーザザーの死後はもしかしたら自分たちにも再びチャンスが巡ってくるかもしれないということで盛り上がった。