著書がBARA BARA

 将来を悩む少年たちのために、様々なお仕事を紹介する『13歳のハローワーク』的なテレビ番組『おしごとナビゲーター』。この番組のディレクターである佐々木ケンイチは頭を抱えていた。本日生放送に来るはずだった、作家の権藤権兵衛が持病の外反母趾が悪化したために急遽来れなくなったのだ。
「どうするんだよ!」佐々木がADの森沢軍司に怒鳴りつける。
「どうするたって、どうしようもないですよ」
「おまえADだろ。なんとかしろよ。友達に作家とかいないのかよ」
「うーん…あ! 作家じゃなくて、しがないフリーライターならいますけど。そいつだったらいつも暇なんで来てくれるかと思います」
「文章書いて生活している人間なら誰でもいいよ。今すぐ連絡しろ!」


 こうして、森沢の友人でフリーライターのイマジママサルは早速テレビ局にやってきた。番組の内容を決めるために、佐々木とイマジマが打ち合わせを始めることになった。
「イマジマさん、今日はありがとうございます。急にすいませんね。権藤大先生がご病気のようで、ピンチヒッターを引き受けていただいて」
「そんなそんな。テレビの仕事ができるだなんて光栄です。ちょうどアイドル雑誌の入稿が終わったところだったので、暇してたんですよ」
「それはよかった」そう言いながら、佐々木は不安になってきていた。アイドル雑誌? 果たして、この人物で番組が成り立つのだろうか。
「では、番組の中でイマジマさんのプロフィールを見せる上で、これまで書いていただいた著書を紹介したいのですが、教えていただけないですか」
「え? 著書ですか。3冊しかないんですよね」
「いいですいいです。そのどれでも。じゃあタイトルを教えてくださいな」
「『全国のおいしいホタテを出すお店』『ブルドーザーの運転で簡単ダイエット!』『よく当たる! 超能力者サトルの人生相談室』 の3冊です」
「え? ホタテ、ブルドーザー、超能力って…、バラバラじゃないか! バラバラだよ! ジャンルがバラバラすぎるんだよ! そんな適当な人生で大人の世界を生きぬいていけると思ったら、大間違いだぞ、おまえ!」
 気付いたら佐々木はイマジマにつかみかかっていた。イマジマは何が起こったかわからず、怯えた表情でされるがままにしている。それを慌てて森沢が止めに入った。
「何するんですか。佐々木さん。やりすぎですよ。いいですか。今あなたがた2人は初対面ですよ。初対面でいきなり相手の仕事を批判するなんて、やりすぎじゃないですか」
「だってよう…」佐々木が幼児のように口をすぼめ、イマジマに聞く。「おまえ、何歳なんだよ」
「おまえは失礼でしょう」森沢が注意するが、佐々木は訂正しようとしない。
「年齢は46歳です…」イマジマが答えると、佐々木は笑い出した。「ハハハハ! なんなんだよ、おまえ。この46年間、どんな人生を送ってきたっていうんだよ」
「だから失礼ですって」もはや森沢の注意も、再びヒートアップした佐々木を止められなかった。
「そのバラバラなジャンルの3冊が、おまえの人生を象徴しているんだよ。これまで疑問に思ったことはなかったのか? 普通の人間の感覚を持ってたら思うはずだよ。俺だって思うよ。ほら、答えなさい。疑問に思ったことはなかったかって言っているんだ」
 佐々木に詰め寄られ、イマジマは答えた。「ありますよ。だから、僕は著書の話をするのがイヤだったんです。あまりにジャンルがバラバラだから…」
「そうだろ? わかってるんだろ? じゃあ、なんでこれまで46年間もその部分を改めてこなかったんだ。いいか、日本はな。いろいろなことに手を出している人間のことを評価してくれないんだ。ひとつのことを長くやってれば、それだけで職人としてみなしてくれるんだよ。よし、これでお説教は終わりだ。おまえごときに時間を割いている暇はないんだ。本番の時間も迫っているから、一度だけ言うぞ。おまえがこの番組に出るにあたって、ある分野の専門家として紹介したい。だから、そのバラバラの著書の中から、1冊だけ自分な得意なものを選べ。そしたら、それについて語らせてやるよ。司会からうまい質問が飛ぶようにするからさ」
「ええっと、ええっと。どれか選ばないとダメですか? いろいろやってるフリーライターじゃダメですか」イマジマはしどろもどろになりつつあった。
「だから、今言っただろ。人の話聞いてんのかよ、おまえ。“いろいろ”じゃダメなんだって。テレビ的にNGワードなんだよ。どれが得意かって聞いてるんだよ」
「そうですね。強いて言うと…」
「強いて言うと?」
「どれも得意じゃないかなーって…」
 イマジマの答えに、佐々木はあきれ果てた。「そうか、そうだよな。おまえはそういう奴なんだよな。だから46年間それで平気だったんだよな。よしわかった。今から俺がアミダクジを作るから、それで1冊選ぶことにしよう」
 アミダクジの結果、番組で紹介される著書は『全国のおいしいホタテを出すお店』に決定した。
「よし、これで今日のおまえの肩書きはホタテに詳しいフリーライターだ。それでいいだろ? まがいなりにも本を1冊書いてるんだから、少しは知識あるんだろ? 大丈夫、そんな専門的な質問はさせないからさ」
「でも…」
「でも、なんだよ。まだあるのか?」
「ホタテの本を書いたのは21歳の時で、もう25年も経ってるんですよ。申し訳ないですが、ほとんど覚えてなくて」
「わかった。わかったよ。じゃあ、一番新しい本はどれだ?」
「比較的新しいのだと、ブルドーザーですね。あれが確か、28歳の時に書いたので、18年前ですね」
「全然変わらないじゃないか。もうなんでもいいよ。ブルドーザーってことでいいから、適当に司会の言うことに相槌打ってればいいんだよ」
「わかりました…」


 こうして時間はあっというまに過ぎていき、生放送の本番が始まった。しかし、佐々木の危惧どおり、イマジマはほとんど的確なコメントを残すことができず、存在感もなく、服装もみすぼらしく、表情も冴えなかったばかりに、番組には3000件を超える抗議の電話やメールが殺到した。
「あんなにオーラのない、くたびれたオッサンが文筆業をやっているわけがない!」(33代・会社員)
「僕は作家に憧れていましたが、今日の放送で断念しました」(10代・学生)
「この人はなんてダメな人なんだろうと思って観てたら涙が止まりませんでした。久しぶりに、こんなに母性本能がくすぐられた気がします」(40代・主婦)
 この放送によるダメージはあまりにも大きかった。評判がガタ落ちになった翌週から視聴率がどんどん低迷し、ついには打ち切りまで追い込まれてしまった。
 佐々木は打ち切りが決まった日、近所のバーでウィスキーを飲んで酔っ払いながら、寝言のようにあるフレーズを呟いた。
「著書はバラバラじゃダメなんだ…。著書はバラバラじゃダメなんだ…」
 それを小耳に挟んだバーテンダーは、あろうことか「著書」を「ジョジョ」と聞き間違えて、漫画『ジョジョの奇妙な冒険』を全巻まとめて買い揃えたい人なのだろうとぼんやり考えていた。