新潟から東京へ

 訪問販売の仕事が終わり、新潟から東京に向かう新幹線の中で、私は本日の成績について独り反省会を行った。本日売ることができたのは、3枚刃のシェーバーと健康サンダルの2点のみだった。2点の合計は3600円。利益としては2000円くらいだろう。8時間ほど練り歩いて、この売り上げはあまりにも少なすぎる。私にはこの仕事は向いていないのではないだろうか。
 そこまで考えたものの、仕事を辞める気にはとてもなれなかった。今は売り上げも少なく、上司からのプレッシャーもないことはないが、自分の精神状態さえしっかりしていれば、給料はもらえるのだ。解雇されるまでは会社にしがみつくしかない。
 しかし、今回の新潟遠征での不本意な成績に対しては、なんとか言い訳を考えておかないといけない。一生懸命やった結果が3600円だと思われたら、さすがにこの社員は使えない奴だと思われてしまうから、ここは必死にアイデアを絞らなくてはならないところだ。
 一番いいのは、やはり体調不良ではないだろうか。持病の腰痛が痛んで、歩くのもままらなくなってしまった。それで仕事のほうにも身が入らなくなってしまった。よし、それでいい。それでいこう。私は安心感で心身が満たされた。窓の外を見ると、高崎の街が見えてきた。ポツポツと点在するマンションには灯りが点っており、私はそれらを見て思った。ここに住んでいる人たちも、日々言い訳を考えているに違いないと。
 そんなことを考えていると、目の前に売り子の女性が近づいてきた。私は珍しくビールを買ってみようという気になり、ひと缶買って飲んでみた。小麦の香りのする炭酸が喉を潤し、幸せな気分になった。私はそのまま眠りに落ちてしまったようだ。
 夢の中では、里美と名乗る女性から電話があった夢を見た。はっと目が覚めて考えると、里美という女性に覚えはない。きっとこれは恋の前兆ではないかと思い、またうれしい気持ちになった。
 さらにもうひとつ嬉しいことがあった。眠った時の姿勢が悪かったのか、腰がやけに痛むのだ。こんなに痛ければ、腰痛になりましたと上司に報告する時に演技だと思われないに違いない。
 すると、私の顔がかなりニヤけていたのか、隣に座る男が話しかけてきた。男は私よりも年下に見えた。
「さっきからやけにニコニコしていますが、何かいいことがあったのですか」
「あったんですよ。いろいろと」
「そうですか。いいなあ。僕にも分けてくださいよ」
「いやいや、あなたにもきっといいことがありますって」
 そこで向こうが軽く微笑み返して会話は終わった。そして新幹線は東京に着いた。私は彼に会釈をしてから荷物を手にホームへと降りた。腰はまだ痛んでいた。明日出社する時まで、なんとか痛み続けてくれよと私は思った。