イブキックスの三十路狩り

 「山梨県甲府市で三十路狩りが頻発!」というニュースが、何年か前から世間を騒がせている。この事件は、リーダー格のイブキックスと名乗る男(22)が10代と20代の部下たちを引き連れて30歳以上の人間を次々と襲撃するというものだった。
 襲撃の手口としては、まず見た目が明らかに30歳以上とわかる者は真っ先に狙われた。そして、20代とも30代ともつかぬ容姿の者はIDチェックが求められ、30歳以上であればその場で襲撃された。彼らは残虐で、殺人までは至らなかったまでも、多くの者が入院するほどの怪我をした。
 この事件のお陰で、山梨県では30歳以上の人間が突然若作りをするようになった。若く見られれば襲われることもないからだ。ユニクロやギャップなどの洋品店では、他の地域に比べて原色系の服がよく売れたと言われている。
 イブキックスは犯行のたびに声明を出しており、その内容はいつも「心身ともに一番充実している20代がなぜこのような痛い目を見なくてはいけないのかわからない」と言うものだった。このメッセージを受けて、山梨県以外でも日本全国にイブキャーと呼ばれる過激な若者が増えた。
 しかし、イブキャーにも色々あり、21歳のイブキャーと29歳のイブキャーでは立場が微妙に違う。29歳のイブキャーは、次の誕生日になると、自分が襲撃する側からされる側になるということに恐怖した。そして誕生日の前日に失踪する者も多かったと聞く。
 ではイブキックス本人は、どういった気持ちだったのだろう。彼もこの時22歳だったが、あと8年もすれば襲撃される側になる。そこで我々『週刊ブコビッチ』の取材陣が調べたところによると、イブキックスは既に市役所から住民票を奪い、それを焼き捨てていた。つまり、イブキックスは公的には永遠に22歳のままでいることになるのだ。
 この事実を知った警察は絶望した。イブキックスは、どんなにその体がヨボヨボになって老いたとしても、死ぬまで22歳のままなのだ。おそらく最期のその日まで、20代のカリスマであり続けることだろう。そして、彼を熱狂的に応援していた若者たちが、その数年後には下の世代から襲われるという矛盾のサイクルがえんえんと回り続けるであろう。つまりは、この日本に生まれた誰もが、30歳になることを恐怖して生きるのだ。このことに気付いた若者たちは、30歳の誕生日を「呪いの日」と定め、その日までひたすら遊び呆け、金を稼ぎ、そして金を使い、皮肉なことに経済は活性化した。そして、30歳を超えた人間は襲撃を恐れて外に出ることをピタリとやめた。30歳以上が事実上、定年であり、隠居する年齢になったのだ。政治家やスポーツ選手、ミュージシャンには20代の人間ばかりが満ちていた。路上は常に若者たちでひしめきあい、日本そのものが元気になった。


 事件が初めて勃発してから50年が経った後、イブキックスは既に他界しているとの噂が流れていたが、10代と20代は引き続き30歳以上を襲い続けた。つまりイブキックスの理念は、彼の体がこの世からなくなっても人々の恐怖心により継承され続けたのだ。今では歴代の宗教の神々とまで並べて語られるようになったイブキックス。どこかから我々のことを見張り続けているイブキックス。親よりも先生よりもイジメっ子よりも怖いイブキックス。
 イブキックス、まったく恐るべしである。