崩壊って言葉は眩しすぎるぜ

 あたしの恋人が1月1日になった瞬間にメールをよこしてきた。
付き合って5年も経つがこんなことは初めてで、あたしは不審に思いながらメールを開いた。タイトルはごくごく一般的な「あけましておめでとう」だった。それがかえって不気味だった。

 メールの本文にはこうあった。

 光枝ちゃんへ。おめでとう⇔うとでめお。冒頭の挨拶からわかるように今年の俺は違うどぽ。長年防波堤でせき止められていた川の水が鉄砲水のように飛び出たような状態であることょ。今年こそは俺は今までになかった洗濯機を開発してみせるさ。蛇口とホースがスケルトンになっているやつだ。ところで今年の抱負が聞きたいかい?今年の抱負は「崩壊」だ。その2文字が俺のこの情熱の全貌を表しているぜ。今年は洗濯機の開発が忙しくなりそうだから、デートは週1回に限定しよう。改めて、おめでとう。そしてお互い「崩壊」の年にしよう。


 あたしはそのメールを読んでため息をついた。またか。この男はとにかく思いつきで物を言うのが大好きだ。2年間全く連絡もよこさずに酪農農家で乳搾りをしていたかと思ったら、こんな風に元旦の12時ぴったりにメールをしてきたりもする。この男の正確な職業は知らないが、このメールを読むと、現在は洗濯機の開発にうつつを抜かしているようだ。しかも、新年の抱負が「崩壊」だなんて、ふざけているとしか思えない。あたしはクレームを入れようと思って彼に電話した。
「もしもし、翔やん?」
翔やんだよ〜。おめでとう。メール読んだ?」
「読んだわよ。何なの、あれ。洗濯機の開発って、いつからやってるのよ。しかも新年の抱負が『崩壊』って頭おかしいんじゃないの?」
「『崩壊』のどこが頭がおかしいんだい。言ってくれよ」
「おかしいわよ。新年に使う言葉じゃないわよ。もしかして、あなたはあたしとの関係も崩壊させたいんじゃないの」
 すると、翔は黙った。どうやら図星のようだ。
「わかりました。だったら、あんな回りくどいメール送らないで、ストレートに別れたいって言えば別れてあげるのに」
「あ、ありがとう」電話から聞こえる翔の声は震えていた。どうやら新年早々泣いているようだ。「お、おまえとの日々はとても楽しかったよ」この後にも、何かウジウジと語ろうとしていたが、あたしは最後まで聞かずに電話を切った。こんな憶病な男が「崩壊」という言葉を使うなんて、ちゃんちゃらおかしいわいと思った。すがすがしい元旦の朝だった。