天気予報のいらないバンド練習

 亜流(ある)雅彦は普通でいることが大嫌いな男だった。長野県の高校を卒業して、自分はミュージシャンとして生きていくんだと決意して上京するも、憧れのライブハウスなるものに出演してみると、自分を同じような野望を考えている輩があまりにも多いことに絶望し、どこまでもアングラな音楽を追及していった。しかし人間がそこにいる以上、どんな狂気の沙汰まで行ったつもりでも同じことを考えている人間はいる。これでもか、これでもかと、地下へ地下へと潜っていっても、自分よりもアングラな活動をしている者たちはゴマンといた。一時はミュージシャンの夢をあきらめ、何もする気になればかった亜流だが、ある日、テレビの天気予報を見ている時に「これだ!」とある啓示を受けた。
 それは天気付き音楽スタジオというものだった。思い立った翌日に亜流は即行動し、その半年後にはスタジオをオープンさせていた。そのスタジオ『音楽と天気』では、オプションで「晴れ」と「雨」と「雪」の3種類を選ぶことができる。
「晴れ」を選ぶと、近所の潰れた日焼けサロンから買い付けた紫外線ライトがさんさんと頭上に降り注ぎ、汗だくになりながらの練習ができる。このコースでは、日焼けサロンに行きたいけど行く暇がないというバンドマンに人気があった。また、海岸で演奏することが大好きなサーファー系のバンドマンからも支持を集めた。
 そして2つ目の「雨」を選ぶと、天井に設置されたシャワーが作動し、演奏する者は水びだしになりながら楽器をかき鳴らすことができる。もちろん自前の楽器を壊されたくない人には、特別に防水の楽器を貸し出した。このコースは、泣かせたいバラードを作りたいエモーショナルなギターバンドなどがよく予約したものだ。彼らはいつも演奏し終わった後は、自らのナルシシズムを満たされたような、満足しきった顔で帰っていったものだ。
 最後の「雪」は準備が大変だったが、そこが亜流のすごいところで、なんとか実現にこじつけた。天井に大きな冷凍庫を設置し、そこから巨大なカキ氷を作る機械の要領で、氷の粒が降ってくるようにした。雪を言うよりも、あられやヒョウに近かったが、その辺に細かくクレームをつけてくる客は幸いなことにいなかった。3時間も演奏していれば、床は真っ白になり、そんなサクサクした足元を踏みながら演奏するのが楽しいと言う意見もあった。これは、スウェーデンや北海道などの雪国のバンドマンたちが、故郷への望郷の想いに浸りながら演奏したいと言って予約するケースが多かった。
 もちろんこのスダジオには、莫大な維持費がかかり、バンドマンや各メディアからの絶賛にも関わらず、亜流は経営を続けていくことが難しくなった。結局スタジオは1年間で店じまいすることになるのだが、この世で誰もやったことのないことをやったという自信を持った亜流は、潔く身を退いた。亜流はまた、絶対にこの世の中には誰もやったことがないことがあるはずだと信じて、意気揚々と世の中を見渡しているところだ。