そのまんま僕あげるよ

 オフィスで今、僕の中で流行っているのが、「そのまんまレモン」というお菓子だ。これは国内産のレモンを砂糖とはちみつでコーティングして甘酸っぱく仕上げたもので、自然の美味しさが口の中にほんわりと広がるのがよいと思う。ケミカルなお菓子は僕は苦手なので、これなら仕事の合間につまむのにもちょうどいい。
 そして僕はこのお菓子を食べながら、ある素敵なアイデアを思いついたんだ。「そのまんまレモン」があるなら、「そのまんま僕」というお菓子があってもいいかもしれない。僕には今とっても好きな人がいて、その子も僕のことが好きだ。ほら、今もこうしてその子の後ろ姿を見ることができる。ななめ前の席だ。
 彼女がうちの会社に派遣社員として入ってきたのは昨年の7月で、その時から僕はずっと彼女のことを見続けてきた。まだ一度も喋ったこともないのだけども、僕がずっと彼女のことを凝視していると、いつも最終的には目が合うし、きっと恥ずかしがり屋さんなんだろうなあと思う。今まではその子のロッカーや机の上に、匿名のラブレター付きでブランドもののアクセサリーとかをプレゼントしてきていたけど、そろそろ僕自身の一部をあげてもいいかもしれない。両想いになって半年といえば、もうそんな時期だ。


 思い立ったら吉日。僕は何事も動きが早いので、その日、家に帰ると、すぐに「そのまんま僕」の製作にとりかかった。まずはカッターナイフで自分の皮をスライスしていく。やっぱり足の裏の皮は僕のエキスがしみこんでいるし、食べ応えがありそうだからたくさん切り取るとしよう。足の裏の他には、肘や膝、伸びた爪やたるんだお腹まわりの皮などを切り取った。あまり皮ばかりだと、口の中がパサパサして喉が渇いてしまうかもしれないので、肘などの部分からはたっぷりと肉も削ぎ落としておいた。
出血はそれほどなかった。顔が傷だらけになってしまうと、誰からのプレゼントだかバレてしまい、サプライズ要素が薄くて面白くないので、首から下のみにしておいた。
 そしてやっぱりお菓子である以上は、味付けが肝心だ。僕は生姜とにんにくと砂糖をたっぷり煮込んでドロドロになったものに皮をまぶし、それを炒めた。1時間ほどするとちゃんと乾いて、試しに食べてみると、パリパリで歯ごたえも申し分なかった。よし、これならあの子も満足してくれるに違いない。パッケージには僕の体中の写真をコラージュしたものでデザインした。そしてピンクの文字で「そのまんま僕」。よし、とてもいい出来だ。
 

 翌日、みんなよりも早く出社した僕は、その完成したお菓子「そのまんま僕」を彼女の机の上に置いておいた。そこから彼女が出社するまでの30分は楽しみすぎて、あっというまに過ぎていった。
 ベージュのカーディガンに紺色のスカートをいう可愛らしい格好で現われた彼女は「おはようございます」と小さな声で言いながら僕の横を通り過ぎ、机の上に乗っているものを見た。袋にデザインされた僕の体の写真を見て非常に不審そうな顔をし、周りに助けを求める視線を投げかけた。しかしながら、朝から忙しそうに動き回る周りの同僚はその視線に気付かない。困った彼女は、そのままおずおずと袋を開けて中身を見た。そして悲鳴をあげて倒れてしまった。彼女が倒れると、ようやく周りがその異常事態に気付き、「どうしたの?」と言って集まってきた。彼女はそのまま医務室へと運ばれていった。
 僕にはわかっていた。彼女はやっと僕の一部を食べることが現実を目の前にして、あまりの嬉しさのあまりに気絶してしまったのだろう。そんなに喜ぶことないのに。ただ、やっぱり味に自信があっただけに、一口味わってから気絶してほしかったなあ。