サブ痙攣

 今浜和子が所属する演劇部では、お話作りが流行っていた。
 その流れはこうだ。毎週金曜日に授業が終わると、部員たちが部室に集まる。そして、下校を促すチャイムが鳴る6時までダラダラとおしゃべりに興じる。だいたいみんなの授業が終わるのが4時ごろだったから、約2時間はおしゃべりできた。
 ゲームが始まるのはこの6時になった瞬間だった。チャイムが鳴った瞬間に、誰かがランダムに思いついた言葉を発する。ここで出てくる言葉は、おしゃべりの流れからインスパイアされたものもあれば、全く関係ない次元から飛び出るものもある。何にせよ、絶対に頭で考えてはいけないというのが前提であり、鉄則だった。あくまでも直感と思いつきで。考えてネタを仕込んだような言葉はすぐにわかる。その場の空気になんとなくそぐわないし、過去が生んだ時代遅れなもののような気がしてしまう。
 飛び出る言葉は、それは様々だった。先々週は「4時半の消費社会」、その前の週は「ガラスでできた親戚のお店」、その前の週は「しじみ族の反乱」。そして、これらの言葉をタイトルにして、週末の空いた時間にみんながお話を書いてくるのだった。
 しかし、先週の金曜日に出た言葉はとても変だった。それは「サブ痙攣」というものだった。あれは確か、1年生の佐倉望美が言った言葉だったが、それまでサブカルチャーとは何か?とか、なぜ夜中に足をつるのか?などのトピックスをみんなで語っていたから出てきたのだろう。それにしても変な言葉だと和子は思った。
 和子は頭を悩ませた。「サブ痙攣」という言葉からどんな物語を書けばいいだろうか。頭は真っ白で、何も思いつかなかった。すると、机の上に置いた携帯電話が目に入り、和子はひらめいた。もしも、このバイブ機能を「痙攣」と呼ぶ人がいたらどうなるだろう。痙攣には「メイン痙攣」と「サブ痙攣」があって、人々は相手によって痙攣の仕方を使い分ける。大事な人からの電話はもちろん「メイン痙攣」で、そうでない人は「サブ痙攣」だ。
 つまり物語としては、ある男が友達同士で遊んでいると、携帯が痙攣する。その痙攣を見た相手が「携帯が痙攣しているよ」と指摘すると、もうひとりが「ああ、サブ痙攣だから出なくて大丈夫だよ」と言う。ああ、これなら広がりそうだ。このサブ痙攣にまつわるドラマを書いてみよう。
 和子の言葉はキーボードの上で踊った。サブ痙攣から生み出されるストーリーは5万ワードを超えた。舞台は岡山県。東京から昔の友達に20年ぶりに会いに帰って来た公務員が主人公だった。あまり長くなるとみんな読んでくれないんじゃないかと不安に思い、最後はまだまだ書きたかったけど、あっさりとしたラストにした。これを読んだら、みんななんて言うだろう。周りの反応を夢想しながら和子は月曜日が来るのを待った。


 そして、月曜日がやってきた。放課後、部室に行ってみると、和子の浮かれぶりとは反対に、他の部員たちは浮かない顔をしていた。聞くと、誰も「サブ痙攣」からは何も物語は思いつかなかったという。それを聞いて和子は舞い上がった。今まであんなにやりこめられてきた部員たちを今こそ見返すチャンスかもしれない。和子は自身が書き上げてきた壮大なストーリー「サブ痙攣」を魂を込めて読み上げた。主人公の小原章一が瀬戸内海に向かって「神様、ごめんなさい。これはサブ痙攣なんです! あくまでもサブ痙攣なんです!」と叫ぶシーンは感情移入しすぎて涙までこぼれてきたものだ。すると、和子の朗読を聞いた部員たちも、ポロポロともらい泣きしていた。