猫を語る

 学校で最も目立つ3人組がいる。ヨシエ、ハナエ、キミエの3人だ。彼女たちは成績もよく、スポーツ万能で、服の着こなしも決まっていてルックスも飛びぬけていた。彼女たちの仲間になりたがる者は多かったが、誰もその固い絆の中に入ることは困難だった。彼女たち3人は異常なほどの猫好きで、暇さえあれば集まって猫の話ばかりしているのだ。あそこまでの猫マニアは、同じ高校にはなかなかいなかった。
 しかし、そんな困難をものともせずに、虎視眈々とグループ入りを狙っている女がいた。彼女の名前は野末ミキ。彼女は前の学校では一番モテたのだが、この学校に転校してきた途端に、全くモテなくなったのだ。それは全て3人娘のせいだった。野末はなんとしてもこの3人娘と一度仲良くなることで、男の子たちの関心を惹きたかった。
 ある日、廊下で3人が立ち話をしているのを見つけた野末は、さりげなく近づいていって話に加わることにした。
「岩合さんの今度の写真集、ヤバイよ!!」とヨシエ。
「私も買わなくちゃいけないなーって思ってるんだよね」とハナエ。
「今度のバイト代が入ったら買おうーっと」とキミエ。
 そこに野末が割り込む。「なになに、また猫の話?」
 3人の会話が止まった。野末がそのまま喋り続ける。「私も猫すっごい好きなんだ。あなたたちと気が合いそうね」
「ふーん、野末さんが猫好きだなんて知らなかった」とヨシエ。
「なんか意外だよね。野末さんってもっと、ブランド物のことしか考えてないのかと思ってた」とハナエ。
「猫のどういうところが好きなの?」とキミエ。
「そうだなー。私はね、猫の速さが好きだな。あれって、馬と同じくらいの速さで走るんだよね。少なくとも、うちの猫はそうよ」野末は会話に混ぜてもらったことに喜び、得意になってまくしたてた。
「猫ってそんなに足速いっけ?」とキミエ。
「うちのは速いのよ。あとね、うちの猫は毛がカールして羊みたいなの。私のお母さんは洋服のパターンナーをやってるんだけど、よくうちの猫の毛を刈り取って、業者に売ってるわ。猫って便利よねー」
「猫の毛ってカールするかしら?」とハナエ。
「するわよ。あなたたち、猫のこと知っているようでいて、あんまり知らないのね。うちの猫ってオシャレが大好きでさ、私がいつもつけているシャネルの香水を出かける時に、つけてくれ、つけてくれってせがむのよ」
「猫って鼻がいいのよ。香水なんかつけたら鼻がつぶれちゃうわ」とヨシエ。
「おかしいなー。もしかしたら、鼻炎でいつも鼻が詰まってるのかもしれないわね。でもね、そんなことよりね、うちの猫のカッコイイところはすっごく凶暴でワイルドなの。いつもは鎖でつないでるんだけど、散歩の時にちょっと目を離したりすると、人間を襲って首から血を吸ったりするのよ」
「猫が血を吸うわけないじゃない。何言ってるの?」とヨシエ。
「え? 猫って血吸わないんだっけ? おかしいな。うちのはどちらかと言えば吸う種類なんだけどな。あ、血を吸うのは勘違いだったかもしれないわ。ただね、うちの猫は魚が好きだからね、海の中にもどんどん潜って魚を獲ってくるの。あなたたちの家も、海水で床がビショビショにならない?」
「猫は水の中に入らないのよ。耳から水が入ったら大変なことになるんだから」とハナエ。
「え? そうだったかしら。じゃあ、あれは夢の中での出来事かもしれないわ。まあいいじゃない。そんな細かいことは気にしないでさ、渋谷のカフェでも行って、一緒に猫の話しましょ」野末が最後の勝負に出て、3人娘を街へ連れ出そうとした。学校の外に一緒に行くところを見られたら同じグループだと思われる。ここは絶対に逃すわけにはいかない。
「ちょっと待って、野末さん。あなた全然猫が好きなように見えないんだけど。本当は猫なんて飼ってないんじゃないの?」とハナエ。
「飼ってるわよ。失礼なこと言わないでよ」野末は相手を信用させるために、少しオーバーに怒った演技をしてみせる。
「じゃあ、この3匹の動物の中から、どれが猫か言ってみなさいよ」と、ハナエが動物のスナップ写真を見せてきた。そこには猫と象とホッキョクグマがいた。
「何よ、ハナエ。そんなの誰でもわかるに決まってるじゃない」とキミエが笑うが、ハナエは笑っていなかった。「ううん、この人きっと猫がどんなものかわかってないと思うの。ねえ野末さん。どれ? どれが猫なの? さあ指をさしてご覧なさい!」
 野末の全身からは汗が噴き出してきていた。野末はそこにいる3匹のうち、どれが猫かわからなかったのだ。野末の両親は昔から動物に興味がなく、それは野末も然りだった。洋服のブランド物さえ知っていれば、この世に動物なんていなくてもいいとも思っていたほどだったから、覚えようとも思ったことがなかった。テレビで動物の番組を観ていても、速攻でチャンネルを変えていた。それがこんなところで試されるなんて。
 しかし、チャンスは3択だ。これを当てることができれば、バラ色の高校ライフも目の前じゃないか。野末は猫を知らなかったことは告白せずに、クイズに賭けてみることにした。「わかるわよ、そんなの」そうつぶやきながら時間を稼ぐ。野末は真ん中にいる、鼻が長くて耳が大きい動物を見て、これが一番あやしいと思っていた。先ほどハナエは猫は鼻がいいと言っていた。だとすると、この長い鼻でいろんなものを嗅ぎ分けるに違いない。いや、そうは見せかけても引っかけ問題ということもありうる。左の小さい動物は少し小さすぎるような気がした。こんな虫みたいな動物を、この3人がキャーキャー言って騒いでいるとは思えない。だとすると、右の写真の中にいる白い生き物ではないだろうか。これなら手足も長く、見栄えがいいため、若い女たちが夢中になるのもよくわかる。
 野末は心を決めた。
「わかったわよ。これでしょ?」
 そう言って、野末は自信満々の表情でホッキョクグマを指さした。以後、3人娘は高校を卒業するまで野末と一度たりとも口を聞くことはなかった。