猫を語る4

「久しぶりに、バッドボーイズ集合だな」
 1週間前、時田がミニストップの飲食ブースでこう言ってタバコに火をつけた時、僕は興奮した。隣りに座る長沼も同じような気持ちだったと思う。
 しかし、あれから1週間が流れ、何もやることがなくなった僕らバッドボーイズは毎日こうしてミニストップで無為な時間を過ごしている。
 僕ら3人は中学時代に数々の悪事を働き、バッドボーイズ3人組と呼ばれ、教師や優等生の目の敵にされた。それでも中学を卒業すると、それぞれレベルは高くないものの高校、専門もしくは大学へと進学し、無事に就職することができた。それが今回、なんと3人とも同じようなタイミングでリストラをされてしまったのだ。28歳になるまでほとんど連絡は取っていなかった3人だが、リストラされたことを共通の友達に言いふらされたことで近況を知り、こうして集まるに至った。
 最初に集まった時には、過去の思い出話に花が咲き、もう一度でっかいことをやろうということで盛り上がった。だが、28歳のくたびれた身体にはそんなパワーは残されていない。昔の思い出話も早々にネタが尽き、ただこうして毎日集まってグダグダとダベるだけの関係になってしまった。3人は結婚はおろか、恋人もいない状態だったので、お互いを慰めるためにも集まらざるを得なかったのだ。
「仕事決まった?」この日も僕がいつもと同じような質問をする。
「おまえなー、昨日も会ったばかりなのに、そんなに急に仕事が決まるかよ」3人の中ではリーダー格の時田がタバコの灰を力いっぱい空き缶の中に落とす。ここのミニストップは禁煙なのだが、注意をしてきた店員に睨みをきかせ、事実上この3人は喫煙OKになったのだ。こういったどうでもいいところで、ひっそりとバッドボーイぶりは発揮されていた。
「そんなことよりよ、今日は何の話をするか決めようぜ」完全にネタがなくなった僕らの会話は、こうして時田がテーマを考えることで成り立っていた。素直な長沼が必死に考える。「女のことはずいぶん話したからな。ラーメンも話しただろ、金についても話しただろ。ヤベー、話すこと何も残ってなくねえ?」
「残ってないじゃなくてよ、何か考えようぜ。じゃないと、こうしてミニストップを占拠している意味がないだろう」時田が言う。
「猫は?」
 僕が思いつきで言った言葉に、時田と長沼はタバコの煙を吐くのを止めた。「猫?」2人同時に同じ言葉を口にする。
「なんで猫なんだよ」長沼は少し気に入らなかったようだ。
「思いつきだよ。いつも女とか金とか食い物の話ばかりだからさ、たまには意外なネタを話すのも楽しいかなと思って」僕はそう言ったが、今ミニストップを出て行った子供が猫のトレーナーを着ていたのを見て思いついたことは隠しておいた。
「いいかもな」時田が腕を組んで考え込む仕草をする。「面白いかもしれないぞ。バッドボーイズと猫、こういうギャップが女にモテるんだよ」
「ああ、言われてみればそうかもな」こうした流れになると、長沼はどんどん素直に状況を受け入れていく。
「じゃあ、決まりだ。猫のことについて語ろうぜ。まずは清水、おまえから語れよ」時田が僕に振ってきた。
「いや、特にないんだけどな。猫とか飼ったことないし」
「おまえ自分で言っておいて何だよ」長沼が不満そうに口をとんがらせる。
「じゃあ長沼、おまえ何かあるか」時田が長沼に聞く。
「俺はないよ。猫なんて抱いたこともないし、触ったこともないから、あいつらが何を考えているかわからねえな。ドラえもんがネコ型ロボットってくらいしか知らないよ」
「それは知ってる」僕が言い、時田も「俺も知ってる」と言った。
「時田は?」長沼が聞き、時田はまた考え込んだ。「うちの母親が昔、猫を飼いたいって言ったことがあったけどな」
「へえー、普通、逆だろ。子供が親に頼むものじゃねえか」長沼が珍しく全うな意見を述べる。
「普通はな。でも、うちの母ちゃんは子供っぽいからさ。俺が反対して、あきらめたんだけどな」
「その時、反対してなかったら、猫を飼ってたかもしれないね。こうして猫の話題に困ることもなかったかも」僕は気の利いたことを言ったつもりだったが、時田は全く興味なさそうに、「かもな」と言った。
 その後しばらく沈黙が続く。「終わり?」長沼が聞く。
「いやいや、どうせだからもう少し考えてみようよ。猫について。猫が何を考えて生きているかとかさ、猫の好きな食べ物は何だろうとかさ」僕はせっかく提案した話のネタをこんなにあっさりと終わらせるのが惜しい気持ちもあった。
 しかし、3人は何も考えられなかったし、少しも話は盛り上がらなかった。話題を振っておいて、ちっとも猫についての興味も知識もなかった僕にも大きな責任がある。
「ところでよ、こないだの女なんだけどさ」
かくして沈黙に疲れた時田がそう言い始めたのをきっかけに、一瞬で話題はまた女と金と食べ物の話に戻ってしまった。こうしてバッドボーイズによる猫トークはおよそ2分で幕を閉じた。