木苺と頭のかたち

 カフェをオープンして3日も経つが、まだ客はひとりも来ない。原因はわかっていた。店の場所が極端に悪いからだ。お店が成功するか否かは、場所が7、8割を占めていると思う。それなのにもかかわらず、自分はこんな辺鄙な場所を選んでしまった。最寄り駅は3つほどあるが、どれも徒歩25分くらいかかるため、最寄り駅とは言わない。近所は住宅地だったが、カフェに利用しそうな客層が住んでいるとはとても思えなかった。
 それなのになぜ、店を出してしまったのだろうか。重雄はカウンターに座りながら後頭部のでっぱりを撫でた。全てはこのでっぱりが原因だった。重雄は小さい頃から頭のかたちが悪い事を理由にいじめられてきた。重雄は人よりも勢いだけはある。何かを思いつくと、必ず実行しないと気がすまない性質だったが、検証や確認や予測、報告や相談や連絡などが全くできないため、それはいつも失敗に終わる。そして困ったことに、目的に向かって進んでいる間の記憶はなくなってしまうのだ。
 このカフェをオープンしたのもきっとそうだった。親戚のおばさんに連れられて入った渋谷のカフェで木苺のパフェを食べて以来、その後の記憶がほとんど途切れてしまっているからだ。重雄の異常なほどに凝り性の性格から考えると、そこで食べた木苺の味に感動するとすぐに自分でオリジナル木苺料理のレシピを研究&開発し、店を出す自信を得たのだろう。それはここにあるメニューを見ればわかる。作り方だけは全て覚えていて、それは自分で味見してみても文句のない味だった。
店の名前も悪くはないと思う。「木苺おなかいっぱい」。まさに木苺を腹いっぱい食べられそうなストレートなネーミングだ。自分だったら確実に立ち寄りたくなるだろう。
 しかし、問題は場所だ。どうして重雄はこんな場所を選んだのか。それはきっと、あまりに早く店が出したかったばかりに、不動産の口車に乗せられて場所代が安いところを選んでしまったのだろうのか。
 重雄は自分のこういったいびつな性格の全ては後頭部のでっぱりに入っていると信じている。このでっぱりさえ取れれば、俺は普通に就職して、結婚して、幸せな家庭を築けるに違いない。そう思って、重雄はキッチンの戸棚を開け、包丁を手に取った。この変な頭のかたちを何とかすれば、俺はこの先きちんとやっていけるだろう。
 重雄がまさに包丁を後頭部に入れようとしたその時、ドアベルがカラカラとなった。
「ごめんなさい。やってますか?」
 そこには客が立っていた。マラソン帰りと思われる初老の男性だった。
「やっていますよ」でっぱりを切るのは後でもいいか。重雄は包丁を置いた。
「よかった。僕は木苺が大の好物なんでね。腹いっぱい食べれると思ったら、いてもたってもいられなくなったんだよ」
 重雄が作った木苺チャーハンと木苺ラーメンをあっというまに食べた客は、会計の時に満足げな表情で礼を述べた。
「おいしかったよ。しかも独創的な味なのがいい。若いのにすごいね。どこでこんなメニューを習ったの?」
「僕じゃないんですよ。この頭のでっぱりが作ったんですよ」
 そう言って重雄が後頭部をチョンチョンと指差すと、客は不思議そうな顔をして帰っていった。重雄は客が綺麗に食べ終わった皿を見て、でっぱりを切り落とすことはひとまずやめて、この変な頭のかたちともうしばらく付き合ってみようと思い直した。