万引き兄妹

 妹に万引きを指示して2時間が経つが、帰ってこない。逮捕されたのか? すぐさま妹の携帯に電話をする。出ない。メールも一応入れてみるが返事はない。俺は気になって、スーパー「マルダイ」へと自転車で向かう。
 マルダイは買い物客でごったがえしていた。これだけ混んでれば、バレなそうなものなのに。俺はいつも水曜日になるとマルダイで発売する週刊ベースボールが欲しくなるので、妹に缶コーヒーとマイセンライトと一緒に万引きするように指示していた。妹は断ると俺が理不尽な行動に出ることを知っているからか、素直に従った。
 俺は家族の中では最もわがままで、予測不可能な行動を取る。父親も母親もそんな息子には心底うんざりしているようで、ほとんど口を聞くことはなかった。共同体の中では一番予測不可能な行動を取るものが権力を握ることができる。俺はそれを実践して権力者の座に居座ったのだ。
 マルダイの店内に妹がいなかったことを確認した俺は、職員たちが使うバックヤードの外側に回った。俺は過去に一度万引きで捕まったことがあるから、この店ではどこで説教されるかをよく知っている。しかし、窓の外から見たバックヤードには休憩中の店員たちが談笑しているだけで、妹が逮捕された気配はまるでない。
 ということは、もうすでに警察に連行されてしまったのだろうか。いや、そんなはずはない。この店は万引きの初犯に対しては温情が厚く、警察が呼ばれるケースは少ない。一度親を呼び出して終わりなはずだ。ただ、もしかしたら俺自身に前科があるため、家族ひっくるめて2回目だととらえられたのかもしれない。
 マルダイの中を探すことをあきらめ、近くの派出所に向かう。町の警察署はここからかなりの距離があるから、警察が連行するとすればここしかない。俺は自分の顔を見られないように注意しながら、派出所の中を覗いた。すると、警察官が平和そうに居眠りをしていた。
 マルダイにもいない。派出所にもいない。ともすれば、我が妹はどこへ消えたのだ。親が仕事から帰ってくる前に行方がわからないと面倒なことになってしまう。俺が悪者になるのはいいが、妹が万引きをしていたとわかると親は腰を抜かすに違いないからだ。
 そんな時、携帯にメールが入った。差出人は妹だった。件名はなく、本文にはこうあった。

私は今までお兄ちゃんの理不尽な態度に怯え、何でも従ってきました。
でも今日、週刊ベースボールを万引きして店を出た時に、何かが私の中で弾けたんだ。
万引きは成功したよ。悪いけど、私の技術はお兄ちゃんなんか目じゃないもん。
第一、お兄ちゃんは外見が怪しすぎるの。万引きするなら、私みたいに目立たない格好しなくちゃだめだよ。
話を戻します。単刀直入に言うと、私はもう家には帰りません。
だって家にいると、お兄ちゃんの顔色をうかがってしまうし、せっかく洋服を買ってもお兄ちゃんに破られてしまうし。
今まではお兄ちゃんの被害がお父さんとお母さんに及ぶのが怖くて、私はこうして自分ひとりでかぶってきたけど、もう限界なんだ。だから、東京に行きます。
お金のことは心配しないで。だって、私はお兄ちゃんに万引きの仕方を教わったから、どうにかなるのよ。
お父さんお母さんにはお兄ちゃんから説明しておいてね。
万引きのことは言わなくていいよ。心配しちゃうから。
ただ東京の男と駆け落ちしたみたいだ、とでも言っておいてね。

 メールはそこまでだった。昔はあやとりや折り紙が大好きなインドアな少女だったのに、そんなあいつが東京で万引きで生計を立てて生きていく? 冗談みたいな話だが、妹の文章に嘘は見られなかった。とりあえず「がんばれよ! 兄より」とメールに書いて送信する。妹からの返事はない。
 俺は足元を流れる川に向かって手当たり次第に石を投げ込み、ありったけの力を込めて意味不明の叫びを発した。親は悲しむかもしれないが、進路を選んだのは妹なのだ。今のところはとりあえず資金がないが、俺も一生懸命万引きの技術を磨き、妹を追って上京することを決意する。そうすれば東京でも一目置かれる万引き兄妹になれることだろう。