わたしの未亡人

 朝8時になると、あの人がマンションの玄関を出る。そしてわたしはそれを3階の窓からこっそりと眺めるの。わたしの未亡人。
 あの人が住んでいるのは何階だかわからない。名前もわからない。ただ、うちのお父さんとお母さんが、「ほら、あの未亡人の…」と言っているのを聞いただけだ。未亡人というのがどういう意味なのかはよくわからないが、たぶん旦那さんがいないのだろう。わたしが旦那さんになってあげたいと思うが、それはきっとできない。わたしは女だし、まだ子供だからだ。
 だからこうして、あの人が仕事に行くのをそっと頭上から見守りたいの。わたしの未亡人。

 わたしは一度、エレベーターであの人と一緒になった。降りるエレベーターだったから、あの人が何階から乗ってきたのかはわからなかったけど、あの人はわたしの着ていたピンクのセーターを「かわいいわね」と褒めてくれた。わたしはそれ以来、外出する時はいつもそのセーターを着ることにしていた。もう一度会った時に、褒めてもらいたいからだ。
 でもその日は来なかった。あの人は引っ越してしまったようだった。わたしは毎朝8時に窓の下を眺める習慣をやめなかったが、あの人の姿を見ることはなかった。
 わたしはその後、大人になってからも好きなタイプは未亡人と言い続けた。そのたびに、「それ、言葉の使い方間違ってない?」と突っ込んでくる男がいたが、そういう男とは絶対に付き合わないようにしていた。
 今どこで何をしているのかな。わたしの未亡人。