ペイヴメント、空へ

 木村拓也コーチの訃報を見て落ち込んだ私はその日、仕事が全く手につかなくなっていた。私は女でありながらも男たちが尻込みするほどの野球オタクで、木村コーチには何度もサインをもらったことがあった。丸田さんが一番好きな選手は?と会社のおじさんたちから聞かれるたびに常に私は木村拓也選手と答えていたため、おじさんたちは野球観戦に行くたびに木村拓也選手のグッズをおみやげに買ってきてくれたものだった。
 私があまりに呆然として手を動かしてないのを見て、上司の小山さんは早く帰るように勧めた。小山さんは広島生まれ広島育ちの生粋の広島ファンだったが、木村拓也選手が巨人に移籍した時に巨人ファンに乗り換えたほどだったので、私と同じような気持ちだったのだろう。
 私は小山さんの言葉に甘え、たまりにたまっていた残業を全部ほったらかして定時の5時半で会社をあとにした。しかし、家には帰らなかった。私はその日、新木場のSTUDIO COASTで行われるペイブメントのライブのチケットを買ってしまっていたのだ。
 正直、あまり気乗りがしなかった。ペイヴメントはリアルタイムの頃には狂ったように聴いていたが、今はオルタナだとかインディーロックだとか、そういう音楽には全く興味がない。ジャズやらヒップホップやらワールドミュージックのCDコーナーなら何時間でも試聴していられるが、ロックの新譜コーナーに足を伸ばすことはほとんどない。家のCD棚にあるロックバンドの名前は90年代のものから全く更新されていなかった。
 でも、PAVEMENTだけは私にとっては特別のバンドだった。私はいわゆるグランジだとか、メロコアだとかスウェディッシュポップだとか、そういうみんなが好んで聴いていたロックには全くなじめず、ペイブメントにだけはとろけるように同化することができた。いつも思い出すのは「Grounded」を聴きながら、大学の屋上でひとりポテトサラダパンを食べている時の光景だ。やる気が全然なさそうに見えるのに、CDから飛び出てくる音楽はとても野心的で、彼らの存在はロックの概念を少しだけ変えてしまった気がしていた。
 ただ、今回のライブは再結成ツアーだ。現在パーカッションのボブ・ナスタノヴィッチは競馬場で働いているなんてニュースも読んだばかりだったし、どうせお気遣い稼ぎのような感覚で、ぬるいビールの匂いがする同窓会的なライブをして終わりに決まっている。私はテンションが全く上がらないまま、雨の降る中を新木場アゲハまでとぼとぼと歩いていった。
 チケットが売れていないと聞いていたが、会場はなかなか混雑していた。観客の年齢層は私と同じくらいなのかと思っていたら、けっこう若い子が多かった。私はドリンクカウンターで焼酎を買った。10年前だったら確実にビールを頼むところだが、今はワインか焼酎しか飲まない。プラスチックのグラスを片手に壁に寄りかかり、メンバーが出てくるのを待つ。
 そして、野太い男たちの歓声に支えられながらメンバーが出てきた。案の定スティーヴン以外は全員パンパンに太っていた。あっちゃー、やっぱりビール同窓会かと思っていたら、最初の音を聴いた瞬間からそんな心配は吹っ飛ばされた。彼らの演奏は一言で言えば、あまりにも素晴らしかった。私はバンドの上手いとか下手とかは全然わからない。ただ、彼らの音はグダグダと適当に配置されているように見えながらも、その一音一音に意味がある、気がする。カチッとして窮屈なバンドの演奏を農薬まみれの美しい野菜に例えるならば、彼らの音はまさにアルコールまみれで伸びたい放題で原型すらとどめていない。かといって一人一人が好き勝手にやっているわけではなく、その奥には温かいハーモニーがほんわりと鳴っているのがたまらない。この音を聴いていると、意味があると言われている仕事なんか全部ほっぽり出して、ひたすら関係ない遊びに熱中したくなってくるのだ。
 気付けば私の目からは涙がグジュグジュと流れていた。10代の少女じゃあるまいし、私はライブを見て泣くことなどめったにない。これが木村コーチへの涙なのか、ペイブメントの演奏に感動しての涙なのかわからなかったが、涙はしばらく止まることはなかった。私は、木村コーチがペイブメントを好きだったとはあまり思えないが、この彼らの素晴らしい演奏を私の身体を通して天国の木村コーチが絶対に聴いてくれている気がして、ここに来た意味があったと思った。「拓也さんー!!」と叫ぶと、スコットかスティ−ヴンのグジャッとしたギターの音が優しく包み込んでいった。