お母さんはストーカー

 会社の同僚とランチを楽しんでいると、同僚が僕の席の後ろにチラチラと目をやる。
「どうしたんだ?」
 僕が聞くと、同僚は答える。
「いや、おまえの後ろの席の人がおまえのことをさっきからじっと見ているんだよ」
 僕が振り返ると、そこには母がいた。やっぱりだ。
 母は僕と目が合うと、すまなそうな顔をして、僕らの座るテーブルに近づいてきた。思わぬ人物の登場に、同僚が恐縮してしまう。
「どうも、こんにちは。矢吹信吾の母です」
「あ、はい。はじめまして。同じ課の茂草です」
「すみませんね。お仕事中なのにね、信吾が昼に何を食べているか気になったもんでね。ああ、タンタン麺ですね。いいですね。私らが若い頃にはこんなオシャレな食べ物なかったんですけどね。今の若い人たちは食べるものがたくさんあってうらやましいわ」
「わかったよ。わかったから、母さん、もう帰ってくれないか」
「はいはい、わかりましたよ」
 そう言って母は店を出る。しかし、僕は母が帰る気がないのを知っている。

 僕たちは会社に戻り、茂草が疑問を口にする。
「おまえのお母さん、いつもあんな風に偶然現れるのか」
「偶然のわけないだろ。ストーカーだよ。ああやって僕が飯を食べていると、必ず何を食べているかチェックしに来るんだ。今もこうして歩いているのをどっかから見ているはずだぜ」
 僕がそう言うと、茂草はびくっと体を震わせる。
「怖いこと言うなよ。でもさ、母親なんだから、息子のことが知りたいのは当たり前だろ」
「バカ。おまえは知らないからそんなことが言えるんだ。奴は毎日、俺の家の前で待ち伏せしているし、携帯電話も常に盗聴している。俺がどこかの女の子と食事に行く約束でもしようもんなら、すぐに妨害が入るんだぜ」
「それは困るな。なんでまた、そんなおかしな関係になっちゃったの」
 茂草はまっとうな質問を口にする。僕は歩きながらタバコに火をつけ、一服して気持ちを落ち着けてから秘密を明かす。
「誰にも言うなよ。俺、去年までバリバリのマザコンで親離れできていなかったんだよ。それが、今年に入ってドラマ『ずっとあなたが好きだった』の再放送を見て、あーこれ俺のことだと思ったら怖くなっちゃってさ。貯金をはたいて家を飛び出たんだよ。そしたら、親も子離れできてなかったみたいでさ。ずっとストーカーされているってわけ」
「警察に相談したら?」
「何度もしたよ。でもさ、肉親に対してのストーカー行為っていうのは、警察もあまり真剣に対応してくれないんだよ」
「そうか。でもさ、おまえのお母さんって、ぶっちゃけ美人だよな」
 僕は茂草の意外な発言に驚いた。
「え? じゃあ紹介しようか。うちのお母さん、早くに離婚しているから独身なんだよ」
「本当かよ。頼む。俺、年上大好きなんだ」
 こうして思わぬところから、茂草と母親の交際が始まった。母親は自分の恋愛が充実してくると、僕のことなんてさっぱり興味がなくなったようだ。やっぱり人間、時間が余りすぎると余計なことを考えてしまうものなんだ。僕も早く新しい彼女を見つけないといけないな。そしたら、茂草と母さんと僕の新しい彼女でダブル旅行にでも行くか。