わが妻、ミランダ

 横浜ベイスターズに所属する鉄人・小柴六郎は極端なネギフェチとして知られている。彼は小さい頃から親が三食全てネギしか食べさせなかったという超偏食傾向の家庭に育ち、だがそれが病気にならない丈夫な身体を生んだのだ。
 小柴の極度のネギ好きは仲のいい選手と新聞記者の間では有名だった。だがそれが、昨年のオフに農業雑誌の巻頭インタビューを飾ったことで、世間にも知られる事態となった。この農業雑誌の編集者は元新聞記者で小柴の担当だったため、小柴のネギ好きも知っていた。最近ネギの売り上げが落ちているということからネギ農家のタイアップとして小柴のインタビューを巻頭に持ってきたのだ。表紙にはネギに頬ずりする小柴のアップの写真。そしてネギへの愛を語るインタビューは5万字にのぼる超ロングインタビューとなった。
 小柴がこの中で言ったことは、小柴は本当にネギに感謝しており、今でも三食ネギを食べることは欠かさないし、試合中のベンチにも常にネギを持ち込み、緊張をほぐしたい時にもネギをかじるらしい。
 と、ここまでの内容はよかったが、問題はその後に記載されていたことだった。小柴は人間の女性にはほとんど興味がなく、なんとネギと結婚しているとカミングアウトしてしまったのだ。小柴は現在ミランダという名のネギを嫁として家に奉り、かれこれ3年もの間、一緒に暮らしているとのことだった。驚いたインタビュアーは、どうしてネギが3年もの間腐らないのかという質問をした。すると、小柴は毎日愛を注いでいればネギは絶対に腐らないと答えた。
 このインタビューは小柴と、編集者が予想もしていないような大反響を呼んだ。ヤフートピックスには「鉄人小柴、ネギとの結婚を告白」と言う見出しで紹介され、その年のベスト3に入るPV数を獲得した。小柴は亀梨くん似のイケメンだったのに41歳まで恋愛の噂がなかったため、女性たちの疑問はもうこれで晴れることとなった。「私があなたのネギになる」と言ったファンレターが来たり、ネギに変装した女性が小柴の自宅前で待ち伏せするなどしたが、小柴はミランダ以外のネギや女性には見向きもしなかった。
 最初は面白がっていたマスコミやファンたちも、次第に小柴を気持ち悪がるようになっていった。小柴の成績が下降した時のファンのヤジは痛烈だった。
「小柴ー! 昨日の夜はネギと頑張りすぎたんじゃないのか?」
「おまえが持っているバット、それネギだろー?」
「ネギのバケモノ、さっさと故郷に帰れーー!」
 などなど。
 時には小柴はこのヤジに腹が立ち、客席に殴りかかろうと思った時もあったが、彼はそんな怒りも抑え続けて、野球に日々打ち込んだ。
 このネギ騒動はあまりに大きなものとなり、やがては天皇陛下までが「小柴くんのネギ好きの何が悪いのですか」と自重を促す発言をしたため、世間は沈静化した。すると、野球に集中できるようになった小柴の成績は一気に上昇。この年、横浜ベイスターズは1998年以来の優勝を果たした。
 横浜が優勝すると、ファンたちは手のひらを返したかのように小柴を持ち上げ、「小柴さん、私たちが間違っていました」という謝罪のプラカードが掲げられた。これで自分のネギ好きが受け入れられたと思った小柴はオーストラリアへのV旅行と、優勝パレードの時にミランダを同行させた。ファンたちからは小柴への歓声以上に、ミランダへの大きな歓声が目立っていた。
 翌年、成績が低迷した小柴は引退を発表するが、その後ミランダとの結婚式をあげ、多くのファンや著名人が祝福の声を送った。小柴とミランダはその後、病気や事故に見舞われることなく末永く暮らしましたとさ。