うるさいパソコン王決定戦

 ほんの10分ほど前、実にくだらないバラエティ番組がテレビで放送されていた。パソコンのキーボードを叩く音が日本一うるさい人間を決めるというコンテストで、参加した人間たちは車をスクラップするような轟音でベキッ、ベキベキッというノイズを鳴らしながらキーボードを叩いていた。番組に出たお笑い芸人たちは耳に手を当て、「うるせーー! うるせえーー!」と怒鳴っていた。テレビの前にいるだけで、あんなにうるさいのだから、現場の収録に立ち会った人間にとってたまったのものではないのだろう。芸人たちのバカバカしいリアクションを見ていて、何度か笑わされたことはあったが、番組を観た後は時間を無駄にしてしまったと思った。パスタのゆで具合が少しゆるくなっているのも気に食わなかった。とりあえずパスタを皿に盛り付けた後、手元にあったパソコンのキーボードを試しにありったけの力を込めて、思いっきり叩いてみたが、あそこまでの轟音は出なかった。
 そんな時、恋人の鞠子が家に遊びに来た。鞠子は私が神妙な顔でパスタをつっついているのを見て、何かあったのかと尋ねた。さきほど観たテレビ番組の内容を話すと、鞠子はケラケラと笑っていた。出演していた芸人の名前を出すと、それは彼女が大ファンな芸人のようで、ぜひその番組を観たかったといった。なんで録画しておかなかったのかと責めもした。
 そして、そんな話を聞いた鞠子はパソコンのキーボードに向かって歩いてきた。どうやったらそんな大きな音が出るんだろうねと言って、フリージャズのピアノ奏者のように力強い手つきでキーボードを叩く。しかし、やはりテレビのようには大きな音は出なかった。
 2人でパスタを食べ終わった後、鞠子はもう一度チャレンジがしたいと言って、再びキーボードと格闘した。すると、明らかに先ほどよりも大きな音がした。2回目だから上手くなったのかもしれないと言ってやると、彼女は得意そうに見えた。でも、心の中では、こんな風に順調にうるさい音で叩けるようになっていって、あんなくだらないテレビ番組に彼女が出演するようになったら嫌だなあと思っていた。