威嚇する駅員

 まったくもう、困っちゃうんだな。僕が通勤の時に使う武藤高原駅はいまだに自動改札が導入されていなくて、駅員が切符を切ってくれるんだけどさ、この駅員ってのが曲者でさ。切符を切るたびに、目をひんむいて「シャー!」って威嚇するんだよ。昔なんかの特撮映画でヘビ女が出てくるのを観たことがあるんだけど、あんな感じかな? 僕はそれ以来、駅に行くのが嫌になっちゃって学校に行けない日々が続いている。親からも、なんで学校に行かないの?って言われるけどさ、駅員が威嚇するからなんて格好悪くて言えないよ。
 そんな僕にも友達がいてさ、こないだクラスメイトの八橋が心配してお見舞いに来てくれたんだよ。八橋には何でも話せる仲だから、この駅員のことを話したんだ。するとさ、驚いたことに僕以外の人間にも駅員は威嚇するらしいんだな。八橋が言うには、この駅員の素行が問題になったのは今に始まったことじゃなく、以前からも苦情が寄せられていたらしい。じゃあなんでそんな駅員がのうのうと働いていられるのかというと、彼は武藤高原駅の駅長の息子だって言うんだから始末が悪いよな。
 そこで僕と八橋は思い切って、駅員に直接苦情を言いにいくことにした。僕は大人と話すのが苦手だから少し緊張したな。
 八橋は一番上のお兄さんの年齢が離れていて、大人と対応するのが慣れているのか、駅員と対等に話している感じがした。
「普通に切符を切ればいいのに、なぜ僕らを威嚇するのですか? 怖くて学校に行けないと言っている生徒たちが大勢いるんですよ。ここにいる甚八もそうです。甚八はあなたの威嚇が怖くて学校に行けなくなったんです」
 八橋はそう言って僕のことを指差した。駅員は無表情で僕のことを見つめたんだけどさ、これが威嚇している時の表情とは違って、えらく優しそうなんだよね。
「すみません。私は切符を切る瞬間に、どうも興奮してしまう性質らしく、それがどうやら威嚇するように見えるみたいですね。本当に申し訳ありません。今後は一切しないように気をつけます」
 そうやって駅員は二度と威嚇しないと約束したんだけど、僕には信用できなかった。すると、八橋の奴は優しいから、翌日は駅の改札で待ち合わせて、一緒に切符を切ろうと言うんだ。僕はこれを聞いて安心したね。奴と一緒だったら、威嚇されようがされまいが、平気でいられるよ、きっと。
 そして翌日、八橋は駅に先に着いたようで僕のことを待っていた。僕らは切符を買い、昨日話した駅員のところに差し出したんだ。すると、駅員は一生懸命我慢している顔をしていたんだけど、やっぱり「シャー!」って言ってヘビみたいな顔をするんだよ。
 駅員は申し訳なさそうにさ、「やっぱり無理みたいです。ごめんなさい」と言うから僕らは思わず笑ってしまったね。別に威嚇しようと思ってないんだったら、ヘビみたいな表情をしたっていいじゃないか。「シャー!」の何が悪いんだ。そう思ったら、僕もグッと気持ちが楽になってさ、その次の日から八橋なしでも一人で電車に乗れるようになったんだ。しかもさ、駅員が「シャー!」って言う時に、僕も「シャー!」って返すようにしたんだよね。そしたら駅員は本当にうれしそうに笑っていたなあ。
 だからさ、みんなもさ。君の使う駅の駅員が威嚇してくるようなことがあれば、しっかり腹を割って話し合ってみるといいよ。彼はきっと悪気がないんだろうからさ。